fc2ブログ

小説『蒼衣の末姫』

 以前アップしました短編『Too Short Notice』で作者の門田充宏(もんでんみつひろ)先生のお名前を初めて知り、2022年4月16、17日のSFカーニバルにも参加されるということで、ぜひご尊顔を拝したい、と行ってきました。そこで門田先生にご挨拶させて頂くことができ、御著作『蒼衣の末姫』にサインまで頂戴してしまいました \(^o^)/ 

『蒼衣の末姫』表紙と門田先生のサイン

 冥凮(みょうふ)と呼ばれる、無作為に人間を襲う怪物が跳梁跋扈する世界。冥凮・人間いずれにも毒となる水が流れる川、凬川(ふうちゅあん)を冥凮からの防衛線とし、人類は6つの「宮」を築いて分業体制を敷いていた。冥凮との戦いに専念する「一ノ宮」。工業に特化した「二ノ宮」。宮間の交易を担う「三ノ宮」……。
 冥凮を倒す能力を有する「蒼衣」の家系に生まれながら、「蒼衣の末姫」キサはごく低い能力しか発揮できず、陰で「捨姫」とさえ呼ばれていた。
 一方、三ノ宮では赤ん坊に「異能」と呼ばれる特殊能力を付与することが行われていたが、十分な異能を持ちえず、役立たずの烙印を押された少年、(いくる)がいた。
 冥凮廃滅に失敗し、凬川に落ちたキサは、流れ着いた先で生に助けられる。生をはじめその地で出会った仲間たちとともに、キサは自らを追ってきた冥凮の群れに立ち向かう……。

      *      *      *

 本作では「冥凮(みょうふ)」、「紅条(ほんちゃお)」、「飛信(ふぇいしん)」といった独特の漢字と読み方の言葉が頻出し、東洋的で独特の雰囲気を醸し出しています。それだけに分かりにくい面もありますが、そのうち読み方の把握にはこだわらず、雰囲気を楽しむ感じで読み進めました。
 主人公はいずれも無能呼ばわりされ自分に自信のない少女・キサと少年・生の二人。ということで、ネット上の本作の感想は「ボーイ・ミーツ・ガール」的な作品として捉えたものが多いように見受けられます。
 実は、Web東京創元社マガジンの「ここだけのあとがき」でも、門田先生は「原形となる物語を書いたのは1996年のこと」であり、「頭にあったのは、少年少女を主人公とした冒険活劇を描く、ということ」とお書きになっておられます。
 つまりこの作品はまさしく「ボーイ・ミーツ・ガール」のスタイルであり、ハンディキャップや負い目を持つ二人がそれを克服し、他者を理解していく「成長物語」といえるのですが……

 私個人としては、主人公たるキサと生もいいんだけど、それよりも二人の周りを彩る登場人物にとてもひかれました。
 腕力だけでなく統率力や人格も備えたサイ、口達者で頭の回転も速いトー朱炉(しゅろ。彼女はついでに足も速い、というかそれが彼女の本領 ^^)、本来の役目以上にひたむきにキサを護るノエ、無口な剛力男だけどたぶん人のよさそうな亦駈(またく)、そして出番は少ないけど「知恵」という異能から重職を担う少女、護峰(ごほう)……。
(ちなみにカタカナの名前は一ノ宮側、漢字の名前は三ノ宮側の人物。これって「宮」が成立していく過程で国や民族による分業や人種差など「何か」があったのでは、と勝手に推察 ^^;)
 こうした魅力的な登場人物による「群像劇」としての魅力、をとても感じました。

 ものすごく単純・安易な例え方をしますと、スタイルとしては『風の谷のナウシカ』ワールドでパズーとシータが出会うような感じなのですが、私としては例えば『宇宙戦艦ヤマト』で古代進や森雪よりも真田技師長とか藤堂長官が好きだとか、『銀河英雄伝説』でヤン・ウェンリーやユリアンもいいけどアッテンボローやムライ参謀長が好き、みたいな感じ? 余計分かりにくいですかね(^^;)

 そしてこの世界では冥凮は間違いなく敵として、人間側には明確な「敵」役がいないところが特徴的と感じます。敢えて言えば、冥凮に対抗するため合目的的に硬直化した人類社会全体が、主人公たちにとっての「敵」となるでしょうか。
 だからこそ、そこからはみ出した者、変わり者としての登場人物たちがより活きるのだと感じます。

「命の価値には歴然とした差がある。その者が生き残ることで、これからあとどれだけ多くのひとを護り、救うことができるのか。それが唯一にして絶対の尺度だ」

というノエの言葉は単純に肯定し切れないところですが、「この世界」下ではやむを得ない部分もあるでしょう。一方でノエの

「ないものを嘆いてもなんの役にも立たない。今この手の中にあるもの、それらのすべてを使い切る覚悟で立ち向かうのみ」

というのは現代でも通じるものであり、主人公二人の「成長」にも大きく係わります。
 そしてサイの

「なんでもかんでも自分の手柄じゃと思い上がるのも大概じゃが、逆に自分はなにもしとらんと卑下するのもつまらんことじゃぞ」

という言葉、主人公たちの活躍を認め、硬直化した人類社会にさえ風穴を開けるものであり、さらには現代社会にも通じる重要なスタンスと感じます(だからサイってシブいんですよ~ *^^*)

 冥凮の行動変容と、主人公も含めた様々なはみ出し者たちの活躍は、おそらく硬直化した人類社会の変化の前兆ではないかとも思えます。
 本作品には続編を期待する声も多いようです。もしも人類社会が変化し、「宮」間でこれまでにはなかった協調関係が発展するならば、彼らが重要な役を担うのではないか、などと夢想してしまいます。


関連記事:
 短編『Too Short Notice』
 Twitter迷宮?

スポンサーサイト



テーマ : SF・ホラー・ファンタジー
ジャンル : 小説・文学

宮城県仙台市・宮城縣護國神社

 仙台市は2017年(平成29年)、仙台東照宮に出張がてらお詣りさせて頂いた際の記事を掲載しましたが、関西にいるとなかなか訪れる機会がありませんでした。しかし転職で東京に来てからは、年に1回ほどは仕事や旅行で仙台やその先を訪れています。
 伊達政宗公騎馬像でも有名な仙台城(雅称「青葉城」)、その本丸跡に創建された宮城縣護國神社にもお詣りしたいとかねてから思っていましたが、毎回時間などの関係でなかなか行けず、実際にお詣りできたのは2022年4月でした。

宮城縣護國神社鳥居


宮城縣護國神社拝殿


宮城縣護國神社の八重桜
 ちょうど八重桜がきれいでした。

宮城縣護國神社の厄難消除御守ひょうたん
 厄難消除御守ひょうたん。初穂料1500円。
 このひょうたんに氏名、年齢を書いて身体中の悪いものを出すように息を吹き入れ、しっかり蓋を閉じて……

宮城縣護國神社のひょうたん掛所
こちらの「ひょうたん掛所」に吊るして納めるのだそうです。

宮城縣護國神社のおみくじ
 こちらにもひょうたん。初穂料400円のおみくじです。こちらのひょうたんを頂きました。
 ちなみにおみくじは小吉でした(^^;)

宮城縣護國神社御朱印
 頂いた御朱印。この時点ではすべて書き置き対応でした。

 御朱印を頂くため並んでいますと、私の前にいた若い男性、「御城印はありますか?」と……。
 おいおい、御朱印と御城印は根本的にまったく別物なのに何てことを…… (((( ;゚Д゚))) とハラハラしながら見ておりますと、訊かれた巫女さん「それでしたらあちらを下って、出た先を曲がった売店に……」とあくまでにこやかに対応されていました。
 何しろ城址に鎮座する神社ですから、そこらへんごっちゃにする人が出てきてもやむを得ないかとは思うのですが……

浦安宮御朱印
 もう一種類、別宮・浦安宮の御朱印も頂きました。伊達家の家紋・竹に雀紋と、伊達政宗公の兜に輝く三日月があしらわれていてカッコいいですね。
 この御朱印、「奥州仙臺城」とありますのでパッと見は御城印のようにも見えなくもないな……と思っていましたら、ネットで調べているうちに「浦安宮の御朱印は、仙台城址の御城印でもあるそうです」という記載を見つけてしまいました。

 御城印をかねた御朱印……!?

 うーむ……ただし公式HPなどにはあくまでも「御朱印」としか記載されていません。御城印をかねた御朱印、というものはないと思うのですが……。
 「御城印」なども定着するにつれ、いろんな部分で境界があいまいになってきているかも知れません。それもやむを得ないとは思いつつ、複雑な気分。

 さて。
 仙台城(青葉城)といえば、伊達政宗公騎馬像。

修復中の伊達政宗公騎馬像
……しかしこの時は足組が組まれ、修復中でした。2022年3月16日の震度6強の地震で、左に10度ほど傾いてしまったのだそうです。地震では他にも色々な影響があったかと思います。今更ながらお見舞い申し上げます。

修復中の伊達政宗公騎馬像
 上からかろうじて政宗公の兜が……。

伊達政宗公騎馬像
 こちらは2020年11月訪問時の騎馬像。この時はかろうじてここまで行ったものの、位置関係も分からず、時間もなくてお詣りまではできなかったんですね……。

仙台駅では外せないずんだシェイク
 仙台駅に来ると個人的に外せない、ずんだシェイク(^^)
 政宗公騎馬像が復活したら、また訪れたいものです。


にほんブログ村 歴史ブログ 史跡・神社仏閣へ
にほんブログ村

テーマ : 御朱印めぐり
ジャンル : 旅行

GW日本どこへ行く

 二宮金次郎像。多くの小学校にはこうした銅像があったと思います。

二宮金次郎銅像

 ところが最近は歩きながら本を読む姿ではなく、座って本を読む姿の像が登場しているのだとか。
 何で? と思ったら……

「歩きスマホを助長するから」

 ……だ、大丈夫か、日本!?
 GWでどこへ行くか、よりもこの日本、どこへ行くんでしょう……!? はたして日本は二宮尊徳の歩んだ道を、今も歩いているでしょうか??

      *      *      *

 最近のニュースを見ていますと、新型コロナに関する記事はどんどん減少し、やはりロシアのウクライナ侵攻をはじめとする世界情勢が……と思っていましたが、当初に比べるとウクライナ情勢の報道も熱気が少しばかり減少しているのではないか? と感じます。「withコロナ」で久方ぶりの制限なしGWに報道も注目しているためでしょうか。
 「withコロナ」はやむを得ない一方で「with war」は何としても避けなければならない、と考えていますが、残念ながら戦争の長期化・泥沼化の懸念が現実となりつつあるせいかもしれません。だからといって報道が減るのは日本のマスコミの極めて悪い癖ですが……。

 3月のゼレンスキー大統領の演説では、アメリカで真珠湾攻撃など盛り込んで「大丈夫か?」と思った割には日本での演説はずいぶんソフトにこなし、おそらく相手国ごとにそれぞれ練ったんだろうな、ブレーンはなかなかやり手だな、と思ったものです。
 しかし、最近はTwitterでヒトラー、ムッソリーニに昭和天皇を並べてみたり、感謝の31ヵ国に日本が入っていなかったりと、「まぁ海外から見たらそんなもんか?」と思いながらも、最初の頃に比べるとブレーンの「練り具合」も緩んできたか……
 いやいや要するに、海外から見たら日本はいろんな意味でそれほど重要視されていないということなんでしょうね。どんどん進行する円安も、要するにそういうことだと思われます。
 ならばどうすれば良いか?

 ロシアの軍事侵攻が100%非難されるのは当然として、必要なのは単純な勧善懲悪論でも感情論や理想論でもなく、いかに日本の「国益」を守るか、は避けられないでしょう。「戦後」-それがどんな形になるかはともかく-を見据え、ウクライナ及びロシア、さらには欧米を含む全世界とどのように付き合っていくか……。
 ロシアも様々な案件を抱える隣国の一つであるからには単純に「絶対悪」と言うだけではすまないでしょうし、ありていな言い方をしてしまえば、各国に「良い顔」をしつつ、この情勢からいかに「国益」を守るか、せめて「被害」を少なくするか……(もちろんやり過ぎると非難されますが、しかし好むと好まざるとににかかわらず、すでに世界中がやっていることですよね)。

「国家に真の友人はいない」……アニメ映画『機動警察パトレイバー2 the Movie』(1993)でのセリフとしてご存知の方も多いと思います。これ、シャルル・ド・ゴール仏元大統領やキッシンジャー米元大統領補佐官の言葉とする資料もありますし、さらに古来より同様の言葉は言われ続けているようです。
 一方で「国家間の友情を信じます。人々の友情を信じるように」(オードリー・ヘップバーン)という言葉も信じたいし、大切にしたい国家や地域間のつながりも確かにあります。そうした理想はもちろん掲げつつ、理想に至るまでの現実にも目を向けなければ、理想の実現も維持も困難でしょう。

 現状で行けば、おそらく次の選挙で野党は大敗するでしょう。あまりに一方的・画一的な傾向は良くないという同情論・バランス論で少しは票が入るかも知れませんが(私もある意味そう思いますが)、それしか理由が見当たらないというのはあまりにも、あまりにも不甲斐ない。
 そしておそらくは改憲への道も大きく進むでしょう。
 ならば野党も、改憲するならどう変えるか、あるいは改憲しないならその理論武装、そのあたりを今から詰めていかないと、もはや存在意義すら失ってしまいます。

 そして現実として「国益」が大切と書いてきましたが、そう言いつつも与党やお上は結局「金持ち・大企業のため」が優先でしょう(つまり金持ちが潤えば下々にもおこぼれがあるだろうという感覚ですね)。
 それに対して「一般庶民・中小企業のため」にどうするか、も野党の存在意義の一つ。これまで「国益」と「庶民のため」は何となく分断されていましたが、この整合性を与党に任せず「庶民の視点で」とっていく、そこがこれからより重要なポイントと感じます。
 そんなことは分かってる、もうやってる、と言われることを切に希望しますが……。

テーマ : 憲法改正論議
ジャンル : 政治・経済

Twitter迷宮?

 2022年4月16、17日。
 東京・代官山の蔦屋書店で開催されたSFカーニバルというイベントに行ってきました。

SFカーニバル@蔦屋書店

という内容でしたら本来はSFカテゴリの話題なんですが、そのあたりは別の機会にゆずりまして、今回はそれに絡んで苦心惨憺したTwitterの話です。

 皆さまTwitterはやってらっしゃいますでしょうか? かねてより多くの神社仏閣もTwitterに御朱印情報などいろいろアップされていますが、最近は人様のTwitterを閲覧しようとするとすぐにログインだか登録だかを要求するウィンドウが出て見ることができず、閉口していました。
 またイベント等でお話しても、すぐ「連絡はDMで」……DMってなんじゃい、と調べてみると、普通のメールじゃなくてTwitter内の機能らしい。
 Twitterでの抽選とか、DMでしか連絡できない例もあり、いずれはTwitterも試してみようかな、とは思っていました。

 2022年2月。
 ネット上で偶然SFカーニバル開催の記事を見つけ、これは行ってみたいと調べていくと、最近読んで非常に感動した作品の作家さんも参加されることを知りました。しかも記事をたどっていくとその作家さんのTwitterアカウントを発見し、作品の感想などもお寄せください、とあります。
 これはできることならぜひ感想をお送りしたい……という一念で、苦心惨憺してTwitterのアカウント登録を行ってみたのです。

 Twitterって以前から思っていましたが、画面をスクロールしていくと、記事が時系列にならんでいない、なぜだか同じ内容の記事が何回も出てくる、別人の記事が並んでいる(ツイートした記事、ですな)……
 実際に自分でアカウントを登録してみると……自分のアカウント画面なのに、いつのまにやら何の関係があるのか分からない広告や誰だか知らない人の記事が並んでいたり……いやもうわけ分かりません
 そんなわけで、現時点では見てるだけでほとんど何もしてないんですが。

 ちなみに、ぜひ感想をお送りしたいと思った作家さんには、その後HP上で通常のメールアドレスを見つけ、メールにて感想をお送りさせて頂きました。すると数日後に大変ご丁寧な返信を頂戴しまして、とても感激しております。さらにはSFカーニバルでご挨拶させて頂くこともでき、御本にサインまで頂戴してしまいました\(≧∇≦)/

 Twitterって、まぁ例えば「SFカーニバルなう」みたいなつぶやき投稿するんでしょうが(なうって今はもう古いんでしたっけ。代わりに今は何て言うのかな?)、その為だけにスマフォを取り出して操作するのって電池も減るし面倒だし、なんて思ってしまう……。
 とかなんとか書いてるこうした文章を、ワンセンテンスごとに投稿していけば良いのかも知れませんが……。

 ただ、旧友の一人は一緒に歩いていても突然立ち止まってスマフォをいじったりしてましたが、こういうのをやってたんでしょうかねぇ。人と一緒の時や外を歩いている時はどうかと思うのですが。
 それに、事件などが起こった時「ヤバい、これから逃げます」なんて投稿してる輩がいることがニュースになったりしていますが、投稿してる暇があったら逃げろよ!!

 しかしまぁ私のアカウントは誰も見てないんだし、難しく考えずこれからぼちぼちと何か「つぶやいて」みましょうかね……。

      *      *      *

 あちこち見ているうちに、SFカーニバル関連のさるコンテストページを見つけました。
 課題は

「そうして人類は永遠の眠りについた。」

という一文が、作品の冒頭または末尾にあること。
 おお、これはいろいろと思い浮かびますね! できることなら挑戦してみたい……

 応募方法……「pixivにタグを付けて投稿」……

 分かりません!!

 いやそりゃ、pixivも人様のアップした画像とかを閲覧したことは何回もありますよ。
 だけどそのためだけにpixivに登録だか何だかするのって、作品そのものを考えるよりも面倒というか、本来の目的以外に手間を取られるのも割り切れない気がします。
 日本で電子決済が普及しきらないのは、あまりにも乱立して複雑になりすぎていることも一因かと思います(余談ですが、海外では「お金」にまつわる信用度が低いからこそ電子決済に移行したのであって、信頼度の高い日本では電子決済は主流でなくともいいと思うのですがね)。
 SNSの世界も一つ克服したらまた次の敵、みたいに次から次へと現れて、果てしない迷宮をさまよう気分です……。

テーマ : Twitter
ジャンル : その他

ワクチン接種3回目☆☆☆

 2022年4月。
 新型コロナワクチンの3回目接種に行ってきました。ワクチンはモデルナ社製。ファイザーは予約枠が少ないのに対しモデルナならすんなり予約できたこと、高齢者枠で接種した母も3回目はモデルナでしたが、2回目のファイザーよりも楽だった、ということでそれほど心配はしていなかった、ということもあるのですが……

Covid-19ワクチン

 私の場合、1、2回目はファイザーでちょっと腕が痛いかな? という程度の他、副反応はほとんどありませんでした。
 はたしてこれはファイザーだったからなのか、それとも個人差なのか……3回目で副反応が出ればメーカー差の可能性がありますし、出なければ個人差なのだろうと思われます。そんな確かめてみたい気持ちもあり、すんなり予約できるモデルナを選びました。

 さて。予約したのは仕事帰りの時間帯で、接種会場は非常に空いていました。予約時間より30分ほど前に到着すると、待たずにそのまま受け付け、接種へと進みました。
 接種前の体温、36.3℃
 そして問診は初老の男性ドクターでした。

「1、2回目の時は何かありましたか?」
「いえ、腕が痛いぐらいで副反応はほとんどありませんでした。ファイザーだったからかも知れませんが」
「そうですね。今回は熱が出るかもしれないので、熱が出たらカロナールを飲んでください」
「ロキソニンなら持ってるのですが、それでも良いですか?」
「ロキソニンは胃を荒らすし、アセトアミノフェンが入ってないから。厚労省もアセトアミノフェンが良いと言ってるので、カロナールが良いです」


 ほほう、断言されますか……というわけで、接種後の15分間待機の間に、スマフォで検索してみました。

 カロナールの有効成分:アセトアミノフェン
 ロキソニンの有効成分:ロキソプロフェンアスピリンイブプロフェンなどとともに非ステロイド性消炎鎮痛剤の一種)

 なるほど、頭痛薬はいつも飲み慣れたものを買うのであまり意識していませんでしたが、同じ効能効果でも有効成分が違うわけですね。
 そこで、帰り道に薬局をのぞいてみました。何種類もある頭痛薬の有効成分を見てみると、イブプロフェンが多数派。アセトアミノフェンはあまりありません。そして陳列棚の貼り紙には厚生労働省の情報として、

「ワクチンを受けた後の発熱や痛みに対して、解熱鎮痛剤を服用される場合、アセトアミノフェンだけでなくイブプロフェンロキソプロフェンなどもお使いいただけます」

解熱剤に関する貼り紙

 ……いや別に、ドクターのお言葉と薬局の貼り紙が大意として矛盾しているなんてことは思いません。ただ言い方、強調のしかたで世間の取り方、世の流れというものは大きく変わると思われます。そしてこのアセトアミノフェンとイブプロフェン等との関係って、ファイザーとモデルナにも当てはまる図式だと思うのですよ。

      *      *      *

 翌朝、特に違和感もなく起床。その時(接種から13時間後)の体温は……

 35.1℃

 いや、実は若い頃にもちょくちょく35℃台前半の体温を叩き出し、医者からちゃんと測れてるのか疑われて、測り直してもそれぐらい、ということがありました。歳とってからは36℃前後で落ち着いていたのですが。

 接種から15時間後、36.1℃
 接種から18時間後、36.7℃。

 あっ、ついに来たか!? そういえばちょうど軽い風邪をひいた時のような、何となく熱っぽい感じも……。

 しかし接種から20時間後、36.1℃。
 そして接種から30時間後、35.8℃。

 確かにちょっと熱っぽい?感じもあったのですが、測っても熱はなく、接種の翌々日には熱っぽさも腕の痛みも忘れてケロッとしていたのでした。

 結局、私の場合は最高体温が36.7℃で、一般的には微熱ともいえないレベルですが、感覚的には少し熱があるようなけだるさが半日ほどありました。1、2回目との差は客観的・数字の上では「ほとんどなかった」、主観的・感覚的には「少しあったかも」という非常にあいまいな結果で、メーカー差があったのかどうかも何とも……。各回とも個人差として副反応が出にくかったため、メーカーの差がつきにくかった、ということかも知れません。

      *      *      *

 ワクチンを打った後、発熱などの風邪様症状が出た場合は、副反応なのか新型コロナに感染したのか分からないからその旨の対応を……なんていう話も聞きますが、病気に罹ったのと区別できないようなワクチンの影響って、理屈の上では分かっても割り切れないものを感じます。
 バカげたワクチン陰謀論は相手にする気にもなりませんが、一方でヒステリックなワクチン推進に感じる疑問というのも、この割り切れなさに通じるものがあります。打ちたい人が打つことも、打ちたくない人が打たないことも、どちらも確実に保証され、一切非難されてはならない
 そして世界では戦争が続き、経済に深刻な影響を与え、また自然災害も発生しています。もう過剰に恐れていられるような平和な時代じゃないのではないでしょうか。油断してはならないにしても、ほどほどに感染対策を続けたうえで、もっと重大な世界情勢に目を向けていく時ではないかと考えています。


関連記事:
ワクチン接種2回目★★
ワクチン接種1回目★

ウクライナ語入り御朱印

 すでに各所で報道されて有名になっていますが、埼玉県の上里菅原神社にはウクライナ出身の神職さんがおられ、ウクライナ語入りの御朱印があります。
 実はウクライナ語入りの御朱印というのは以前から知っていたのですが、このご時世になってから行くのはミーハーっぽい感じもしてちょっと気が引けたのですが……。公式HPを見ると、やはりお詣りする人が増えて御朱印に2時間待ちという日も出ているのだとか。これは神職さんも大変でしょうから土日に行くのはやめようと思っていましたが、たまたま平日に休みが取れて埼玉方面に行くことになったので、足を延ばしてお詣りさせて頂くことにしました。

上里菅原神社鳥居


上里菅原神社手水舎
 左右に2頭の龍というのも珍しいかも。

上里菅原神社の梅
 梅の満開は過ぎていましたが、まだ花が残っていました。

上里菅原神社の「子育て三猿」の像
「子育て三猿」の像。足下にはお食い初めの歯固めの石がありました。

上里菅原神社の境内にて


上里菅原神社の境内にて


上里菅原神社拝殿
 拝殿に至る左右の手すり、左には青、右には黄色のリボンが結ばれています。

上里菅原神社社務所
 ウクライナの平和を願って結ばれたものですね。

上里菅原神社の御朱印ラインナップ
 御朱印はウクライナ語と英語が併記された見開き、季節の御朱印、ウクライナ語版の3種類でした。

上里菅原神社近くから見えた富士山
 上里菅原神社から少し走ったところから見えた富士山。この辺りからでも見えるんですね。鉄塔付け根付近の左なのですが、曇り空に白い山頂では、この写真でも分かりにくくなってますが……。

ウクライナ語版御朱印と挟み紙
 頂いたウクライナ語版御朱印(右)。キリル文字による仮名表記は昔かじったことがあるので、直書きいただいたウクライナ語の部分のうち「Су…」はスガワラではないかと想像がついたのですが、それ以外は分かりません。そこでうかがってみると、挟み紙として頂いた左の紙が「訳」になっているとのこと。
 帰宅後に調べてみて、おそらく以下のように書かれているのだと思います。


  Слава Україні!
   ウクライナに栄光あれ!

 Сугавара
  スガワラ(菅原)
 Джінджя
  ジンジャ(神社)

  Сайтама
   サイタマ(埼玉)
  Камісато
   カミサト(上里)


 キリル文字の筆記体は英語とはまた違っていて、調べてみると「m」は英語の「u」、「t」は英語の「m」に似た形になるようです。
 「神社」はGoogle翻訳では「святиня」となるのでどうも違うな? と悩みましたが、筆記体を調べて「ж」(ジェー)が2つあることが分かり、ピンと来て「ジンジャ」をGoogle翻訳にかけると、近いスペルが表示されました。

 なお公式HPにもありますが、御朱印を頂くことがウクライナへの寄付になるという誤った報道がされたそうです。なんでそういう間違った報道がされてしまうんですかねえ?
 御朱印とは別に、ウクライナへの人道支援の寄付を社務所で受け付けておられます。幸い他に待っている人もいなかったので少しだけお話させて頂き、ほんのささやかながら寄付させて頂きました。

      *      *      *

 2022年3月23日、ウクライナのゼレンスキー大統領が日本の国会でオンライン形式による演説を行いました。それまでアメリカでは真珠湾攻撃に触れ、ドイツでは経済的な結びつきを批判したりしていたのでハラハラして見ていましたが、かなり穏便な内容と感じました。
 演説内容も、そしておそらくは服装も相手国によって考えているあたり、相当に優秀なブレーンがいるのだろうな、と見受けられます(一説によるとアメリカ人の補佐がいるという話も)。
 ロシアによる侵略は100%非難されるべきこととして、一方で外交政策としてウクライナ政府側に落ち度はなかったか、という声もあるにはありますが、現時点で「情報戦争」としてはウクライナ側が優勢のようです。
 むろん「情報戦争」で勝っても国民に多大な犠牲が出ては元も子もない。だから単純に武器や資金を送って戦争を続けさせるだけで良いのか、という声もありますが……ならば降伏してロシアの目的を果たさせるのが良いのか、というとそうわけにもいきません。さらに核戦争の危機まで取り沙汰され、大国どうしが全世界を人質に探り合い、睨み合いを続けているわけで……。
 以前も書きましたように、この情勢下で日本の野党や護憲論者などは重大な危機感を持っているのではないかと思いますが(持ってなきゃもう終わりです)、そうした単純な理想論を批判する与党や改憲論者も、単純な感情論や善悪二元論だけでは方向が違うだけで同じことです。

 つい先日まで、世界では新型コロナへの対策を「戦争」に例えていました。新型コロナに対しては、感染拡大に任せる「降伏」でもなければ非現実的な「ゼロコロナ」でもない、ほどほどのバランスを取る必要があったと思います。
 しかし今や本当の戦争が始まり、日本は昔から振り子が大きく振れ過ぎる、と時々書いてきましたが、今また一つの振り子がすさまじく大きく振れようとしている気がします。この世界情勢下では仕方ないことですが、単純な理想論でも感情論でも善悪二元論でもない、「建て前」と「本音」を直視して認め合った、現実的な議論が必要なところに来ていると感じます。



テーマ : 御朱印めぐり
ジャンル : 旅行

3月14日…って何の日?

 えっと……3月14日って何かありましたっけ?……って、もてないヤローのお約束ネタは一ヶ月前にやってしまいましたが(爆)

 お菓子業界が1970年代に制定したと言われる例の日は置いといて……

 3月14日が何の日か調べてみますと、「元禄赤穂事件の日」なんですね。赤穂藩主・浅野内匠頭が江戸城で吉良上野介に切りかかったのが、1701年(元禄14年)3月14日(ただし旧暦。新暦では4月21日)。

赤穂大石神社前の大石内蔵助像

 これって歴史的・文化的には結構大きな事件ですね。写真は兵庫県の赤穂神社にある大石内蔵助像。
 もう少し3月14日が何の日か調べてみますと……

 円周率の日。

 ああ、なるほど、円周率って概数としてよく「3.14」と表記されるからですね!
 そして円周率はギリシャ文字のπ(パイ)で表記されることから、食べ物の「パイの日」にもなってるのだとか。うーむ。

 その他、かの大阪万博が開幕したのが1970年(昭和45年)3月14日。

万博記念公園の太陽の塔
 写真は大阪万博のシンボル、万博記念公園に今もそびえる太陽の塔。

 新幹線<のぞみ>の運転開始が1992年(平成4年)年3月14日。
 1873年(明治6年)3月14日に日本で初めて国際結婚が認められたということで「国際結婚の日」
 日本史で有名な「五箇条の御誓文」宣布が、1868年(慶応4年)3月14日(旧暦)であることから「国民融和日」
 どの日も何かしらあるとはいえ、この日は結構いろいろあるようです。

      *      *      *

 さて。円周率はご存知のようにどこまでいっても割り切れない「無理数」です。
 何万桁も暗記した人が話題になったり、スーパーコンピュータでは何兆桁も計算されていたり。
 若い頃、

 3.1415926535897932384626433…

と小数点以下25桁までは暗記したのを思い出しました。たしか数学の教科書で、この25桁まで紹介されていたんですよね。
 カール・セーガン博士(1934~1996)のSF『コンタクト』、1997年の映画では何となく曖昧な終わり方になっていましたが、原作小説では円周率にちなんだ驚きの結末が描かれます。

      *      *      *

 暗記したといえば、大きな数字の漢字表記。一般的によく知られているのは

 一、十、百、千、万、億、兆、京

ぐらいですかね。
 はるかな昔、学研の科学だったか学習だったかに載っていた漫画でさらにその上が紹介されており、面白がって暗記していました。

 一、十、百、千、万、億、兆、京(けい)、(がい)、𥝱(じょ)、(じょう)、(こう)、(かん)、(せい)、(さい)、(ごく)、恒河沙(ごうがしゃ)、阿僧祇(あそうぎ)、那由他(なゆた)、不可思議(ふかしぎ)、無量大数(むりょうたいすう)

 いちばん大きな「1無量大数」とは10の68乗(1の後ろに0が68個並ぶ!)という途方もない数字(諸説あり)。上でも触れたC.セーガン博士が監修されたテレビ番組『コスモス』(1980)で流れていたCMでも、この数字が紹介されていたと記憶しています。
 当時、「1無量大数」は「宇宙の星の数より多い」みたいに紹介されていたと思いますが、調べてみると最近は「銀河系の原子の数ぐらい」とも言われているようです。
 現実にはないほどと思われていた巨大数でも実は存在すると思いきや、「無量大数」よりもさらに大きな途方もない数字も定義されているのだとか。その一方、ご存知のように宇宙は銀河系だけでなく、無数の銀河団やグレートアトラクター、多元宇宙論まで議論されていますから、数字も宇宙もどこまで広がっていくのやら……。

 かたや「食パンの価格が10円上がった!」とショックを受けている、己がスケールの小ささよ……(戦争、何とか良い方向へ解決しないとさらに大変ですよね……)
 敬愛するカール・セーガン博士や小松左京先生が今おられたら、昨今の世情にももっと良い提言をして下さったんじゃないかなあ……。

テーマ : 今日は何の日
ジャンル : その他

新型コロナ以上に大変なこと

 2022年も3月に入り、新型コロナはピークを過ぎつつある一方、その減り方はやや鈍化しているともいわれ、最近は報道される「予測」がこれまでより比較的当たっているように思われます。
 良く言えば初めの頃よりも知見が蓄積されてきたから、かも知れませんが、むしろマスコミが過度の恐怖を煽ることを控えはじめたのではないか、と感じます。控えはじめた理由としては、これまでやり過ぎたことを反省したから、だったら良いのですが……(だいたいワクチン3回目の接種が進まないのは、マスコミが副反応を強調しすぎたからだと思ってるんですけどね)
 なぜ控えはじめたか。
 個人的には、新型コロナよりもっと?大変なことが起こったから、と考えています。

 2022年2月24日、ロシアがウクライナへ侵攻を開始しました。
 まずこの侵略行為には一片の正当性も認められません。むろん戦争というものはすべて100%善と悪に色分けできるものではないことは確かですが、戦争によって解決しようという行為自身は、100%非難されるべきです。
 しかし現実に戦争が始まった現在、これまで新型コロナの恐怖を煽ってきた連中は「しまった」と思ったのではないでしょうか。戦争が与える影響は計り知れません。一部の軍需産業などは儲けるかもしれませんが、庶民にとってはマイナスの影響が確実に出るでしょう。すでに経済的な影響が懸念され、首相が「省エネ」を求めたり……(ちょっと違うような気もするんですが)。
 こんなことになるなら、新型コロナの恐怖を煽って経済を締め上げるよりも、もっと経済の足腰を強くしておくべきだった……と思ってくれればいいのですが。

 新型コロナについては、これまでもこれからも、必要なことははっきりしています。医療などの体制整備と経済を両立させること。個人レベルでは過度に恐れず油断せず、ほどほどの感染予防のうえ、粛々と日常生活を営んでいくこと。
 しかしこのたびの戦争で個人ができること、と考えるとなかなか答えが出ません。少なくとも、新型コロナと同様、あまり一方的な情報に惑わされることはないよう気をつける必要はあると思われます。
 すでに軍拡や改憲の議論も出始めているようです。与党や改憲論者はこの事態を有利と捉えているかもしれません。一方の野党や護憲論者はちゃんと危機感をもって、これまでの単純な理想論・精神論ではなく、現実的な議論で立ち向かわなければ、それこそ「いつか来た道」でしょう。
 個人的には、これまでの理想論、「タテマエ」を掲げつつ、必要に応じて拡大解釈したり例外的措置で対処したりというのは、結果的にはかなり現実的でバランスの取れた形であったと思っています。与党と野党、「右」と「左」、どちらかに傾きすぎることなく、全体としてほどほどのところに落ち着いてきた……というのは、新型コロナを過剰に恐れたりあるいは油断したりせず、ほどほどのバランスを取って社会を維持していくことと通じるような気がします。結果的に、政府の無為無策により集団的免疫が獲得され、日本の被害が少なく済んだ、という説に似ているような気もします。

 現実問題として「withコロナ」は避けられません。しかし「with war」だけは何としても避けなければならない。その「意志」だけは持ち続けなければならないと考えています。

今日は何の日…?

 2月14日? えっと……何の日でしたっけ?? とモテないヤローがお約束のボケをかます日です(爆)

 先日たまたま寄り道した駅の和菓子屋にて。

たしかにバレンタインは甘くなかったなぁ…

 うん、確かにバレンタインって甘いことは何一つなかったな、と深く納得してみる。
 酒好きな旧友が「バランタインのこと?」と茶々を入れ、さらにミリヲタな友人が「ヴァレンシュタインか?」と混ぜっ返すのも毎年の恒例行事(^^;)
(ヤボな注釈。バランタイン:スコッチウイスキーの一種。ヴァレンシュタイン:17世紀オーストリアの傭兵隊長)

 さて。
 今日はともかく、昨日、2月13日は「苗字制定記念日」だそうです。1875年(明治8年)2月13日、苗字を名乗ることを義務づける「平民苗字必称義務令」が発布されたのだとか。

 アメリカのように移民が多い国は当然苗字の種類も多くなりますが、そうした国は別として、日本は世界的に見ても苗字の種類が非常に多くあります。その理由の一つが、明治時代に「平民苗字必称義務令」で庶民も苗字を定めることが決められたため、多くの苗字が誕生した、と言われてますね。
 小さい頃に見たテレビで、義務令が発布された時、読み書きを知らない庶民が新しい苗字をつけてもらおうと地主やお寺につめかけ、人数が多すぎて、しまいにはかなりいい加減に付けていったため様々な珍姓が生まれた、と説明されていました。もっともそれは一種の都市伝説かも知れませんし、実は庶民でも昔から苗字に類するものはあった、という説も読んだことがあります。また時折紹介される珍姓の中には、実は架空のものや実在を確認できない「幽霊苗字」もあるそうです。
 しかしそれでも、一説には10万種もあろうかという苗字の多様性は、貴重な日本文化の一面として維持されていってほしいものです。

 ところで現在の少子化、今後の人口減少によって、消滅していく苗字も増えるのではないかと思われます。かねてより夫婦別姓問題が議論されていますが、貴重な苗字の方は、夫婦同姓の下では迷われるかもしれませんね。
 苗字の多様性問題は余談ですが、個人的には選択的夫婦別姓には全面的に賛成しています(「選択的」、つまり同姓でも別姓でも好きな方を選べることが最も重要)。姓が違うと一体性が、とか言うお偉いさんもいましたが、姓が同じでないと維持できない一体性なんてのは、所詮その程度のもの、と思います。
 別姓にしたら法改正とか大変、とか言う人もおられますが、現状の同姓にするために個人が払う労力だって大変ですし。通称とかを使えば別姓にする必要はない、という意見もありますが、それは同姓でなければならない理由にはなりません。子供の姓をどうする、という話が出ますが、子供の間は夫婦どちらかの姓を決めておいて、成人したら本人の希望次第で変更も可、とすれば良い。兄弟の一方が夫、一方が妻の姓(家)を継ぐ、でも良い(相続とかいろいろ問題も出るでしょうが、それは今でも同じこと)。
 何一つ問題のない方法はあり得ませんが、一方で何とでもやりようはありますから、誰でも好きな方を選択できる、それがいちばん大切なことじゃないか、と思います。


テーマ : 今日は何の日
ジャンル : その他

短編 『Too Short Notice』

『時を歩く』表紙

 東京創元社文庫創刊60周年記念刊行SFアンソロジーの時間編、『時を歩く』。創元SF短編賞の正賞・優秀賞受賞者、佳作入選者7名の作品を収録、「2020年代のSF界を牽引する“東京創元社生まれ”の気鋭作家たちが贈る、書き下ろしテーマ・アンソロジー」なのだとか。
 時間ものSFはこれまでも取り上げてきましたように好きなテーマですので、どんなものか拝読させて頂きましょう、と手に取ってみたのですが。

 冒頭の一作目、松崎有理氏「未来への脱獄」
 刑務所に服役することとなった主人公と同じ房にいたのは、自分は未来人だと主張し、陪審員を怒らせて懲役250年をくらったという怪しい人物。その人物はタイムマシンの原理を披露し、二人は刑務所内の限られた資材を使ってタイムマシンを作り始める……。
 一ヶ所だけ、「実験」を行った時なぜそうなったかが理解できなかったのですが、その一点を除き、タイムマシンをどのように使ったのか、彼はどうやって250年もの服役を乗り切ったのかは、なるほどと思わされました。ラストの

「おい、おまえの相棒は正真正銘の未来人だぞ。これからは彼を助けて、こんどこそ未来へ帰れるタイムマシンを作ってやれ。やつの贖罪は終わったんだ」

という言葉がとても清々しく感じる、良い作品でした。


 ただ二作目以降は……
 幽霊譚を題材にしているものの、複雑でついていけなかったお話。
 有名な「アキレスと亀」のパラドックスを題材にしているのだけれど、ラストがよく分からないお話。
 何とか巡礼とか次々出てくるのだけれど、だから何なのかよく分からないお話。
 厚労省に雇われた非正規職員が、業務として時間遡行して事故や災害から被害者を救う……のはいいのだけれど、何だかオチがないようなお話。
 〈不老不死〉と〈意識拡張〉を得るため人類が仮想現実内へ総引っ越しするのだけれど、それと「地球延命計画」を無理やり結び付けたようなお話。
 うーん、その他はワタクシ的にはイマイチだったかな?(一個人の感想です ^^;)と思ったのですが。

 最終話、門田充宏(もんでんみつひろ)氏「Too Short Notice」。これは往年の小松左京作品を思い出させるほど、深く感動しました。

      *      *      *

 気が付くと、彼は何もない白い部屋にいた。部屋の一角には不規則にカウントダウンする謎の数字。そこへ現れる一人の「美女」。美女ということは分かるが、なぜかつかみどころがなく、どう美しいのかも分からない-。
 やがて明かされるのは、彼は事故によって現実にはあとわずかで死んでしまう運命にある。そこでこの特別処置が開始されることになった。この仮想空間内では主観時間が大幅に引き伸ばされ、彼の望むままのことを行うことができる……。
 謎のカウントダウンは使用できる情報量を示しており、複雑なことをやればそれだけ早くカウントダウンが進む。「美女」がつかみどころがないのも、具体化すればそれだけ情報量を消費するためだった。
 もし情報消費量の少ないこの白い部屋のままなら、過ごせる主観時間は実に382年。それは現実的ではないが、例えば本人の記憶を元に「人生を一からやり直してみる」ことさえできる。しかも「これは現実じゃない、本当はあと少しで死ぬ」なんて思ってたら楽しむことはできないが、そうした意識をブロックすることさえ可能……! そして何を望んだかというプライバシーも守られるようで、たぶん「あんなこと」や「こんなこと」(笑)も思いのまま……。

 そんな状況だったら、何を望むだろうか?

 すべて仮想空間で完結するだけではなく、現実世界に影響を与える術もあることを知った彼が望んだこと。それは与えられた情報量の大半を消費してでも、彼が係わっていたある壮大なプロジェクトを、ほんのわずかでも一押しすることだった……。

      *      *      *

 そう書くと何だか主人公が一種の「仕事人間」みたいに思われてしまうかも知れませんが、そんなみみっちい?「仕事」の話ではありません。もし仮に私が同じ状況になったとしても、そんな有意義なプロジェクトに携わったことの無い身としては、現実でやっていた仕事をやろうなどとは1ミクロンも思いません!(きっぱり) 現実世界にもアウトプットができるのであれば、現実ではできなかった著述業をやってみたいな、とは思いますが。
 少々ネタバレ気味かも知れませんが、彼が望んだことは、以前書きました「人類の記憶よ永遠なれ」の内容にも通じるものでした。

「彼らは、自分たちがそろそろ終わりを迎えつつあることに気付いてしまっていた。
 それほど遠くない未来に、誰にも看取られないまま、知られることのないまま自分たちは滅び、その痕跡さえもいつか消滅する。そうして初めからいなかったのと同じことになってしまう。このままなら。」


 だからこそ、彼はこのプロジェクトに携わり、実を結ぶかどうかも分からないものの、仮想空間からのアウトプットを行ったのです。

      *      *      *

 SFでは仮想空間への意識転送で不老不死、みたいなテーマがちょくちょく描かれますが、たとえ仮想空間にコピーしたとしても、それは自分とは別の独立した「もう一つの自分」。自分とは別に、仮想空間にいる存在が不老不死となるだけで(それだって仮想世界を維持するハードウェアにもいずれ限界が来ると思うのですが)、現実の自分はやはりそのまま、いずれは死ぬ存在であるはず。
 やはり現実世界に勝るものはない。かりそめの仮想空間でかりそめの享楽を享受するよりも、現実世界にほんのわずかでも成果を残したい。
 己の(仮想空間での)残りの人生すべてを賭けてでも成し遂げよう、という主人公の姿には心から感動しました。それほどの「為すべきこと」があるというのも、ある意味うらやましく思います。まぁもしも仮に自分が同じ立場になったとしても、これほどのことはできないだろうな、という自信(笑)はありますが……。
 ラスト、彼をサポートした「美女」ー AIが作り出し、彼が死ねば役目を終えて存在しなくなるはずの彼女も、こう応えます。

「本当だったらただ消えてしまうだけだったはずのわたしも、もしかしたら何かを残せたかもしれない、って思うんです。ご一緒でてきて楽しかったです。本当にありがとうございました」

 彼がどんな人生を歩んできたのかは分かりませんが、彼の現実世界での人生、そして死の間際でも成し遂げようとしたことを理解し、価値を認めた彼女の言葉は、おそらく彼にとって最高の手向けとなったのではないでしょうか。仮想世界のどんなかりそめの享楽よりも、彼は満足したのではないかと思います。
 自分は、そして人類は、何を残せるだろうか……
 大したことはできやしないのは充分に分かっているのですが、時にはそんなことを思ってしまいます。

テーマ : SF・ホラー・ファンタジー
ジャンル : 小説・文学

プロフィール

へろん

Author:へろん
へろん(♂)としろ(♀)の夫婦ですが、最近はへろん一人で書いてます。「御朱印」「SF」が多くなってますので、カテゴリからご興味のあるジャンルをお選び下さい。古い記事でもコメント頂けると喜びます。拍手コメントは気付くのが遅れてしまうことがありますが、申し訳ございません m(_ _)m

カウンター
最新記事
最新コメント
月別アーカイブ
カテゴリ
ぺそぎん メモ帳
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR