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『時間花火(タイム・ワーク)』

へろんです。
今月のNHKの『100分de名著』では私のもっとも敬愛する小松左京先生が取り上げられてますね。拍手喝采ものです。一回目は見逃してしまいましたが……。早くテキストを買いに行かないと。

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以前こちらで、あまり知られていないけどもっと知られてほしい名作SFとして、北崎拓先生の『冬のセリカ』を紹介させて頂きました。

少年ビッグコミック 1986年1月17日増刊号「SF BOX」

1986年(昭和61年)、「SF BOX」と銘打って発売された、小学館の少年ビッグコミック 1月17日増刊号に掲載された作品でしたが、もう一つ、同じ本に掲載されていた名作SFを紹介させて頂きたいと思います。

『時間花火(タイム・ワーク)』(原作・生野悟郎、作画・かづさひろし)。30ページの短編です。

       *      *      *

おそらく人類が恒星間宇宙に広がった時代の、とある惑星。
主人公の少年タキは、宇宙空間の事故で両親を失う。葬儀の夜、家の前に見知らぬ老人が倒れていた。
老人は記憶を失っていたが、「時間花火(タイム・ワーク)」の職人だったらしい、ということは分かった。
「時間花火(タイム・ワーク)」はちょうど打ち上げ花火のように打ち上げると、空に花開く花火の代わりに、光芒の中に映像が映し出される。

「あの花火に映る光景は、時空を超えた過去の景色」
「過去……? じゃあ夏祭りに打ち上げられる花火に映る人たちは……」
「ああ……もうこの世にいない人々だ。生前の、それも一番華やかな頃を映し、供養する。そのための時間花火なんだ」


老人とタキは時間花火を作る「花火屋」を始めた。この惑星の夏祭りでは時間花火が盛大に打ち上げられるが、老人の作る時間花火は映像が次々と移り変わる、人の一生を映し出すような高度なものであった。
タキの幼馴染みである少女ミリィは別の惑星(全然描かれないけど地球のような気も……)に住んでいるが、この惑星の観光シーズンである夏には、亜空間通路を通る船に乗って(つまり恒星間航行ということですね)タキのところにやってくる。
しかしある年の夏、重大事故が発生してしまった。

それから50年。自分自身も花火職人となったタキは、過去を映し出す時間花火は一種のタイムマシン、という老人の言葉を思い出し、50年前の重大事故を回避すべく、ある決断をくだす……。

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この作品で描かれる「時間花火(タイム・ワーク)」という独創的な仕掛けは、過去の映像を空に映し出すというものですが、その映像は故人を供養するためのもの。これが使われる夏祭りは、まさに日本のお盆を想起させます。
舞台となる惑星はどれほどの文明規模なのかは分かりません。絵柄からするとどちらかというと洋風のスタイルですが、何となく田舎のような雰囲気を連想させます。
夏祭りは観光シーズンということで、恒星間航行してでも観光客がやってきます。
ちなみに亜空間通路を通ってくる宇宙船の舷側には「KLM」とか「PANAM」と書いてあって、にやりとさせられます。あ、でもPANAMはその後無くなってしまいましたね……(パンアメリカン航空、アメリカのフラッグキャリアでしたが、1991年に破産)。未来を描くSFで現在も存在するものがちらちら出てくるのも楽しい演出ですが、それが現実ではなくなってしまうと寂しいものです。

田舎のような惑星で、故人を供養する夏祭りに観光客がやってくる……。
これはお盆に帰省客が田舎へと帰ってくる、日本の夏そのものです。「観光客」というより「帰省客」と思えてしまうがために、幼馴染みのミリィも両親の都合でこの惑星から出て行ったものの、地球のような「都会」から「帰省」してくるように感じられます。

お盆は迎え火や送り火、灯籠流し、京都の大文字焼など、「火」や「光」と関連した風習が多くあります。そして夏の花火さえも、故人の霊を弔うという側面もあるそうです。だからこそ、「時間花火」も同じ意味合いを持っているのでしょう。

2007年の淀川花火大会

花火は夜空に美しく花開いたと思ったら、瞬く間に消えていきます。美しくも儚いその様子は、まるで人生のようです。
そして「時間花火」も、おそらくその映像はパッと現れて数秒で消えていくのだと思われます。人の一生を映し出す老人の「時間花火」でさえ、おそらく儚く消え去っていくことに変わりはありません。

そしてこの『時間花火』という作品そのものが、主人公タキの、そして花火職人であった老人の人生を一瞬で描き切った、一つの「花火」なのかもしれません。
しかし、50年前の重大事故を回避しようとする最後の抵抗は、儚く消え去っていくだけの人生に対する抵抗になっています(本当は「ああすればもっと確実に回避できるだろうに……」と思うポイントはあるのですが)。
人生は花火のように短く儚い。しかしそれでもなお抵抗するのもまた人間。主人公の抵抗には切なさとともに希望も垣間見えます。

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この短編を読んでから三十年以上経った今。内容は感動のあまりはっきりと覚えていましたが、改めて読み返すと、また違った気持ちも強くなってきました。
昔読んだ時は、主人公の抵抗に(主人公と同じように)望みをかける気持ちが強かったものです。
しかし三十数年後、自分自身の現実世界では、矢折れ力尽き、ささやかな抵抗も潰え去るかも知れないという状況の今……やはり人生というものは儚いものか、と感じてしまいます。

そして「時間花火」が「生前の、それも一番華やかな頃を映し、供養する」ということを思い起こしたとき……

あ゙っ……自分がいなくなった未来、自分を供養してくれそうな人って……いない……(≧Д≦)

そして、もしも仮に、誰かが自分を「時間花火」で供養しようと思ってくれたとしたら……自分の「一番華やかな頃」って、そんな時期あった!? いつ!? 「時間花火」を打ち上げてもらっても、そんなのがなかった自分の場合は映像が映らなかったりして……!?(T▽T)


まぁ自分の場合は置いといて……。
この『時間花火』は夏祭りやお盆の故人の供養といった日本人の心に染み付いた郷愁に訴えかけ、かつ人生の儚さ、しかしそれでもなお抵抗しようとする姿を描いた名作です。
この作品もインターネットで調べてもほとんど情報が出てきませんが、ぜひ知られてほしい作品です。

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岐阜市・名和昆虫博物館

へろんです。
2019年GW岐阜旅行の最後に立ち寄ったのが、名和昆虫博物館

名和昆虫博物館
1919年(大正8年)に開館、現存する昆虫博物館としては日本最古です。

名和昆虫博物館
博物館の建物は開館当初からのもので、岐阜県第1号としての登録有形文化財、岐阜市の都市景観重要建築物に指定されているそうです。
右の柱の看板には「昆蟲博物館」とあります。もしかするとこれも開館当初からの看板かも知れませんね。

岐阜といえばギフチョウ
岐阜といえばギフチョウ。そのものずばり、岐阜蝶です。
本州だけに生息する日本固有種で、私がギフチョウに初めて出会ったのは、1980年代後半、鳥取市の久松山(きゅうしょうざん)でした。

ギフチョウ解説
初代館長・名和靖(1857~1926)が1883年(明治16年)に岐阜県郡上郡祖師野村(現・下呂市金山町祖師野)で初めて採集。一般に名和靖がギフチョウの発見者であり命名者、とされていますが、博物館の展示によると、新種と同定される前から誰ともなく「岐阜蝶」と呼び始め、「その名を取り入れ使うようになった」とあります。
またWikipediaの名和靖のページには、江戸時代の昆虫図録に「錦蝶」という名前でギフチョウの絵が記載されていることから、発見者ではなく「再発見者」とする意見もあるようです。

採集されたギフチョウは東京大学の石川千代松(1860~1935)に送られ、新種と同定。イギリス人博物学者プライヤー(Henry James Stovin Pryer)は北海道から本州中部の他に海外にも生息するヒメギフチョウLuehdorfia puziloi と同定しましたが、1889年にイギリス人昆虫学者リーチ(John Henry Leech)によりギフチョウLuehdorfia japonica と訂正、新種として確立されたそうです。

明治26年に岐阜市で採集された標本
1893年(明治26年)、即ち126年前に岐阜市で採集された標本。

明治時代、新聞紙で折った三角紙
採集した蝶を入れておく三角紙は、現代ではパラフィン紙で出来ていますが、当時はこういう新聞紙も使われていたんですかね。折り方が今と変わらないのが驚きです。

名和昆虫博物館の展示


名和昆虫博物館の展示


モーレンカンプオオカブトの個体変異
蝶の他にもトンボや甲虫なども展示されています。
ちなみに上の写真はボルネオ島のモーレンカンプオオカブトChalcosoma moellenkanpi の個体変異。3本角で有名な大型カブトムシですが、角が大きな個体から小さな個体までいろいろいます。

ゴライアストリバネアゲハ
ゴライアストリバネアゲハOrnithoptera goliath のセラム島亜種。緑色に光るのはオスで、メスは地味ですが世界最大の蝶の一つに数えられます。

蛾はどれでしょう?
よく紹介される話で、この中に一種類だけ蛾がいますがどれでしょう? というやつ。

最も美しい鱗翅目ニシキオオツバメガ
右の下から二段目にいる6頭、これがです。上段の3頭が表面、下段の上下が反対になっている3頭が裏面です。
このニシキオオツバメガChrysiridia rhipheus はマダガスカル島固有の蛾で、世界で最も美しい鱗翅目(りんしもく、蝶と蛾を合わせたグループ名)と称されます。
一般的に蝶は美しく蛾は地味、みたいな偏見がありますが、蝶と蛾に明確な境界線はなく、鱗翅目というつながった一つのグループです。

名和昆虫博物館の展示
展示方法もなかなか凝ってます。

青く輝くモルフォチョウ
主に南米に生息し、青い金属光沢に輝くモルフォチョウの仲間。
昔はこうした蝶の翅を大量に使った絵などを見かけましたが、今では無理でしょうね。

後翅が輝くブルキシタアゲハ
この蝶を見た瞬間は「えっ、左右で翅の色が違う!?」と思ったのですが……

後翅が輝くブルキシタアゲハ
真正面から見ると、左右同じ黄色の後翅です。

後翅が輝くブルキシタアゲハ
インドネシアのブル島にのみ生息するこのブルキシタアゲハTroides prattorum は、斜めから見ると後翅の黄色い部分が真珠色に輝く、非常に珍しい蝶です。

名和昆虫博物館の展示


名和昆虫博物館の展示


名和昆虫博物館の展示


奈良県唐招提寺で使用されていたヒノキ材
この柱を含む3本の円柱は、奈良県の唐招提寺で使用されていた1200年以上前のヒノキ材で、ヤマトシロアリの被害による修理で取り換えられ、廃材となったものを防虫して再利用したものだそうです。シロアリ被害の重要な研究材料という意味合いのようですね。

その昔、昆虫にハマったことのある身にはお馴染みの種類も多数いましたが、ブルキシタアゲハのようにはじめての種類にもお目にかかることができました。
昔ホームページにこんな文章を載せたことがあるのですが、今でもこうした博物館にたくさんの子供たちが訪れているのを見ると、まだまだ未来にも希望はありそうな気がしますね。


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岐阜県・安養寺、華厳寺、正法寺

へろんです。
2019年GWの岐阜旅行では最初に郡上八幡に泊まりましたが、天気や時間に応じて岐阜県内の北部や東部にも足を延ばした後で泊まるのに都合の良さそうなエリア、ということで選んだため、実は郡上八幡そのものに優先的な目的があるわけではありませんでした。

郡上八幡の風景

しかし5月1日夕方に実際に訪れてみると、なかなか良い雰囲気で二人ともすぐ気に入りました。

郡上おどりののぼり

あちこちで目についたのが、「徹夜で祝う郡上おどり」。
そう、後から知ったのですが、2019年4月30日夜から5月1日未明にかけて、改元のお祝いということで全国ニュースにもなるほどの祭りが催されていたのです。
もしも今回の岐阜旅行が1日早かったら……この祭りに巻き込まれていたかも知れない。1日ずれていて良かった……と混雑の苦手な私らは顔を見合わせたのでした。

スマフォのニュースで見ていると、改元イベントに合わせて郡上市のいくつかのお寺でも御朱印を用意しているとの記事がありました。
郡上市に到着した時、せっかくなのでこの地のお寺にもお参りさせて頂こう、ということで向かったのが、観光駐車場からいちばん近くにあった安養寺

安養寺本堂
本堂は岐阜県下で最大といわれるそうです。

安養寺宝物殿
御朱印は書き置きのみで、宝物殿入り口で受け付けていました。

安養寺御朱印
「寛恕」は「心が広くて思いやりのあること」だそうです。

チェックインまでの時間で街中を散策しましたが、郡上八幡は食品サンプルでも有名ということも初めて知りました。

郡上八幡の食品サンプル
食品サンプルの生みの親である岩崎瀧三氏の出身地であることがきっかけで、今では食品サンプルの約60%がここ郡上八幡で製造されているのだとか。

白龍稲荷神社
街中の大きな岩の上に鎮座するのが白龍稲荷神社。雨の中すでに暗くなり始めていたので今回お詣りは見送らせて頂きましたが、天気の良い日にはまたお詣りさせて頂きたいですね。
この写真の中央、よくよく見ると……

白龍稲荷神社の猫ちゃん
急な参道の途中で、猫ちゃんが街を睥睨していました。……もしかして神様の化身!?(^^)

岐阜旅行2日目、アクア・トトぎふ岐阜かがみがはら航空宇宙博物館の後で向かった宿泊先は、岐阜市の北西にある揖斐郡の民宿。その近くには谷汲山華厳寺がありました。

谷汲山華厳寺山門
民宿に泊まった翌朝、朝一番でお参り。
西国三十三ヶ所霊場の最後の札所で、満願寺とも云われるそうです。

ネットで調べると、こちらでいただける御朱印は本堂(大悲殿)、満願堂、笈摺堂の3種類があり、それぞれ現世・過去世・未来世を表しているのだそうです。
複数の御朱印を頂ける場合、2つぐらいなら一度に頂きますが、それ以上を一度に頂くことはあまりしません。次の楽しみ、ということもありますし、いわゆるコンプリートとか完集にはこだわってないんですね。
そのためこちらでは3種類あると知った時、どのような組み合わせで頂こうか、それとも現世・過去世・未来世ということはやはり3種類セットの方がいいだろうか、と迷ったのですが……

御朱印をお願いします、と御朱印帳を差し出すと、通常は「どれにしましょう」などと訊かれるのですが、そういった質問もなくさらさらと3種類の御朱印を書いてくださいました。こちらではどうやら自動的に3種セットということになるようです。迷うことなかった(^^;)

谷汲山華厳寺本堂御朱印

谷汲山華厳寺満願堂御朱印

谷汲山華厳寺笈摺堂御朱印

本堂の御朱印には日付が入りますが、あと2種には日付がありません。最初は単純な省略かとも思いましたが、過去及び未来を表しているのだから、ということなのかも知れませんね。

谷汲山華厳寺の花祭り
「花祭り」(お釈迦様の誕生日を祝って甘茶をかける仏教行事)ということで、甘茶を頂きました。

岐阜市内に戻りお参りしたのが、かの金華山の麓近くにある正法寺。こちらに祀られている岐阜大仏は、日本三大仏の一つに数えられるのだとか。

正法寺大仏殿
道路に面した建物は、そんなに大きくは見えません。こちらに日本三大仏の一つとも云われる大きな大仏様がいらっしゃるようには感じられませんが……

正法寺大仏殿
大仏殿正面。横の受付で拝観料と御朱印をお願いして入ります。

正法寺の岐阜大仏
おお! 写真では伝わりにくいと思いますが、思ったよりも大きな大仏様が!
こちらは釈迦如来像で、高さは13.7メートル、1832年(天保3年)完成。
ちなみに日本三大仏は奈良の大仏、鎌倉大仏、そしてあと一つはこの岐阜大仏の他、富山県の高岡大仏など諸説あるそうです。

岐阜大仏の説明図
説明によると、少しばかり首を前に傾けておられるのだとか。だから前に立つとちょうど顔が向き合うのかもしれませんね。

正法寺御朱印
頂いた御朱印。
街中でこれほど立派な大仏様にお会いできるとは感激です。大仏様の前には椅子もあり、ゆっくりと大仏様と向き合うこともできます。たまにはそういう時間も良いですね。……と言いつつ、セカセカと次の目的地に向かう私らでした(^^;)


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岐阜かがみがはら航空宇宙博物館

へろんです。
前回の更新で、御朱印ブームの前から四国お遍路さんの納経帳を盗むなどというとんでもない輩がいたという話題に触れましたが、現代のブーム下でも他人の御朱印帳を持ち去るという事件が発生していると記事になっていました。記事の通りならあまりにひどい話ですね。

記事の通りなら、そんなことした犯人にもバチが総出で当たりまくらにゃウソでっせ
o(*≧д≦)o″


       *      *      *

さて。
2019年GWの岐阜旅行でアクア・トトぎふの他に行きたかったのが、岐阜かがみがはら航空宇宙博物館、愛称「空宙博」(そらはく)。
これは「博物館」カテゴリにも「乗り物」カテゴリにも入りそうですが、一つの記事にカテゴリが一つしか指定できないので、とりあえず「博物館」カテゴリへ(このブログで一つの記事に複数のカテゴリを指定するっていろいろ試して出来なかったんですが、やっぱりダメですかね?)。

岐阜かがみがはら航空宇宙博物館
博物館に向かう途中でも、屋外展示されている飛行機が並んでいます。

川﨑V-107A ヘリコプター
川﨑V-107A ヘリコプター。
なぜか飛行機の中でもヘリコプターが好き。これ、小さい頃にミニカーで持ってました。「バートル」という名前だったと記憶していたのですが、説明を読むと、ボーイング・バートル社が開発した機体を、ライセンス契約に基づいて川崎航空機工業(現・川崎重工業)が国産化したものだそうです。この機体は沖縄で救援機として活躍していたそうです。

空宙博の屋外展示
屋外展示の機体は、数年~10年おきに塗り直ししているのだとか。

《ライトフライヤー》実物大模型
飛行機といえば、たぶんまずはこれでしょう。
1903年、ライト兄弟が世界で初めて人が乗った動力飛行に成功した《ライトフライヤー》の実物大模型。

陸軍乙式一型偵察機(サルムソン2A2)実物大模型
各務原で最初に量産された飛行機、陸軍乙式一型偵察機(サルムソン2A2)のレプリカ。1922年に1号機が初飛行、1927年までに300機が生産されたそうです。「地域活性化に役立つ近代化産業遺産」の認定証も展示されていました。

丸二式重爆撃機(キ20)
日本の航空機産業を支えた各務ヶ原飛行場では60種以上の航空機が初飛行を行い、うち10機の模型が展示されていました。
その一つがこの見るからに大きな「丸二式重爆撃機(キ20)」
最初に見た時、《ギガント》か!? と思いました(笑)。
1930年(昭和6年)に各務原で初飛行した、戦前の日本航空史上最大の国産機。完成までに時間がかかり過ぎて時代遅れとなり、6機で製造が打ち切られたのだとか。たとえ6機でも製造されていたことに驚きました。

海軍十二試艦上戦闘機「零戦」試作機実物大模型
海軍十二試艦上戦闘機「零戦」試作機(三菱A6M1)の実物大模型。いわゆる「ゼロ戦」ですね。1939年(昭和14年)に各務原で初飛行を行い、翌1940年に制式採用。1945年までに1万機以上が生産され、日本の飛行機としては最多だそうです。

空宙博の屋内展示
体育館のように広い展示場にも飛行機がずらりと。

UF-XS実験飛行艇
よく目立っていた飛行艇は、防衛庁技術研究本部と新明和工業によるUF-XS実験飛行艇。日本初のコンピュータによる自動飛行安定装置を搭載していたそうです。

ロッキード/三菱F-104J要撃戦闘機
ロッキード/三菱F-104J要撃戦闘機。
最も速く、最も高く飛べる超音速戦闘機としてアメリカで開発され、三菱重工業が1961~1967年に230機をライセンス生産。前部胴体と尾部が各務原で製造されたそうです。
その昔、特撮映画に登場する戦闘機は大体こんなスタイルだったような記憶があります(^^)

低騒音STOL実験機《飛鳥》
もう一つ独特のスタイルで目立っていたのが、低騒音STOL実験機《飛鳥》。

低騒音STOL実験機《飛鳥》
ターボファンエンジンが主翼の上にあるのが特徴的ですが、このエンジンの排気をフラップに沿って下向きに曲げ、強い揚力を発生させることでSTOL(短距離離着陸)を目指したものだそうです。1985年から3年半ほど、岐阜飛行場で飛行実験を行ったそうです。

展示は大きく「航空エリア」と「宇宙エリア」に分かれ、宇宙エリアの宇宙開発関連の展示も充実していました。

《H-Ⅱ》ロケットのフェアリング
日本の人工衛星打ち上げ用液体燃料ロケットとしては初めて主要技術の全てが国内開発された《H-Ⅱ》ロケットのフェアリング(先端カバー)。内側にあるのは軌道再突入実験機《りゅうせい》とロケット性能確認用ペイロード(実験観測機)《みょうじょう》の実物大模型。

火星探査機《オポテュニティ》
火星探査機《オポテュニティ》
2004年1月に火星に着陸、当初は短時間しか活動できないと思われていたにも関わらず、2019年2月まで15年も活動。火星で活動した探査車の最長記録を打ち立てました。

火星探査機《キュリオシティ》
こちらは記憶に新しい、2012年に火星に着陸した《キュリオシティ》。

《はやぶさ2》模型
日本が世界に誇るべきはやはり《はやぶさ》とこの《はやぶさ2》ですね。

日本人宇宙飛行士の紹介
日本人宇宙飛行士を紹介する時、民間がやったことだからということなのか、秋山豊寛氏を無視することがありましたが、ちゃんと秋山氏を同格に紹介しているところは好感が持てます。ただ二番目の毛利衛氏から01と数字が振られている意味は分かりませんでしたが。

スペースシャトル模型
スペースシャトルはかつて宇宙開発のシンボル的存在でしたが、これが引退する時代が来るとは思いませんでした。

アニメ「ひそねとまそたん」パネル
出口近くにあったパネル。……ひ、ひねそと……ひそね? とまそん?? 何かのアニメ???
あとから調べると、2018年制作のテレビアニメだそうです。呪文のようなタイトルも「ひそね」と「まそたん」、だそうで。航空自衛隊岐阜基地(!)を舞台に、戦闘機に擬態するドラゴンが活躍するのだとか……!? 
舞鶴で見かけた「艦コレ」パネルといい、こういう実在組織とのコラボ(?)って流行りなんですかね。もっともこの絵柄は、いわゆる萌え系とは一線を画しているようですが……?

アクア・トトぎふ近くの空宙博顔出しパネル
ちょっと面白かったのが、ここへ来る前にアクア・トトぎふ近くで見かけた空宙博の顔出しパネル。文字が逆さまになっていますが、撮影した後で逆さまにして見ることで、アクロバット飛行や宇宙遊泳の気分を出そう、ということのようですね。


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静岡県焼津市・焼津神社

へろんです。
平成から令和への改元当時の御朱印騒動も、1ヶ月が過ぎて少しは落ち着いたでしょうか。しかし未だにニュースで取り上げられたり、特別御朱印の配布をやめたといった影響も出ていますね。以前書きましたブームの「揺り戻し」も、思ったより早く来るかも知れません。
しかしこういう問題は今に始まった事ではなく、こちらの記事によると、以前からあの四国お遍路の納経帳ですら出品されており、そのためなのか、何と巡礼者が納経帳を盗まれるという被害も生じていたのだとか……。

そんなことするヤツにこそバチが総出で当たりまくらにゃウソでっせ
ヽ(`Д´)ノ


一時の過熱したブームも忘れ去られてしまえば元のように戻ってくれることを期待したいですが、悪い影響が残らないよう祈りたいものです。

さて。
本ブログでは時系列に沿った掲載にこだわっていませんので、最近のものを載せた次に古いものを載せたりしています。紹介する御朱印も令和の日付と平成の日付が混在していきますが、ご了承のほどを。

       *      *      *

2019年1月、日帰り出張で静岡県焼津市に出かけた際、早めに移動して焼津神社にお詣りしてきました。

焼津神社鳥居

創建は409年(反正天皇4年)ということですから、1600年以上の歴史を誇るのだとか(@o@)

焼津神社手水舎


焼津神社拝殿
最初のうちは曇っていましたが、だんだん晴れてきて、ちょっと不思議な空の様子に。

焼津神社拝殿
現在の拝殿は1944年(昭和19年)に建てられたものだそうです。

焼津神社の日本武尊像
主祭神は日本武尊(やまとたけるのみこと)。
『古事記』によると日本武尊の東国平定の際、草原で敵の放った火に囲まれてしまいますが、天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)で草を薙ぎ払って脱出したそうです。
この伝説から、その地は「ヤキツ」と呼ばれるようになり、「焼津」という地名の由来となったのだとか。
『古事記』の編纂は712年(和銅5年)。焼津神社創建はその300年ほど前ですね? 当初は名前が違ったのか、それとも『古事記』編纂より前から伝説はあったんですかね。

焼津神社の神武天皇像
神武天皇像。
元々は商店街の中に、大正天皇即位の御大礼と周辺の工事の竣工記念とを合わせて建てられたもので、戦後になって焼津神社に移されたそうです。
左手に持つ弓の上には金鵄(きんし、金色のトビ)が。神武天皇が苦戦していた時に飛来して止まり、金色の光を発して敵の目をくらませたという伝説で知られる鳥ですね。

神武天皇像の金鵄
金鵄は私の好きな八咫烏(ヤタガラス。サッカーは知らないのですが、好きな方にはお馴染みですかね?)と同一視もしくは混同されることもあるようです。

焼津天満宮
焼津天満宮。
学問・書道の神様である菅原道真公をお祀りしています。

焼津天満宮の撫で牛
天満宮にはお馴染みの撫で牛もいます。

焼津神社御朱印
頂いた御朱印。
シンプルながら達筆です。

焼津駅前のカジキ像
さて仕事に向かうべくJR焼津駅へ戻ります。
JR焼津駅前にはカジキの像……たぶんここ、元々は足湯になっていたのではないかと……


鉄道開通100年記念の蒸気機関車の動輪
同じく焼津駅前にある蒸気機関車の動輪。鉄道開通100年を記念して1972年(昭和47年)に設置されたものだそうです。

JR在来線から見ることのできた富士山
JR在来線から見ることのできた富士山。新幹線車内及び東京から以外では初めて、富士山を見ることができました。やはりいつどこから見ても良いですね。


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へろん&しろ

Author:へろん&しろ
へろん(♂)としろ(♀)の夫婦です。国内旅行記や趣味のことなどを徒然なるままにつづっています。

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