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「アメリカ本土を爆撃した唯一の日本人」

へろんです。
1945年に第二次世界大戦が終結し、日本が敗戦してから73年。もちろんリアルタイムで知っていることではありませんが、その延長線上に今の日常がある、ごく当たり前の知識として心の中に記憶されています。
ところがもう十何年も前のテレビ番組で、最近の若い人にインタビューすると、かつて日米が戦っていたことを知らない、という答えが返ってきたのを見て仰天したものです。
とはいえ、第二次世界大戦で何があったか、そしてその後の世の中にどんな影響を与えてきたか、まだまだ知られていないことが多数あるのも事実です。

毎週木曜日の20時から放送されているフジテレビの「奇跡体験!アンビリバボー」はずっと前から好きでちょくちょく見ていますが、2018年8月9日は「アメリカ本土を爆撃した唯一の日本人」という内容が放送されました。
1942年9月9日、アメリカのオレゴン州沖に浮上した潜水艦《伊25》から発進した水上偵察機が、小都市ブルッキングス市の森林地帯に焼夷爆弾を投下したというものです。世界中に軍隊を派遣して様々な国や組織と戦争を行ってきたアメリカですが、その本土を爆撃されたというのは後にも先にもこの時だけです。小さい頃に戦記物か何かで見たような気もするのですが、詳しいことは知りませんでした。
良し悪しはともかく、そういうことがあったということを日本人にもっと知られていても良いのではないかと思いますが、もっと知っておくべきと思ったのは、この偵察機を操縦していた藤田信雄氏のその後の人生です。

戦後、一市民として苦労しながら金物業を営んでいた藤田氏は、1962年4月、突然赤坂の料亭に呼び出されます。そこにいたのは、当時官房長官だった大平正芳。
官房長官が言うところでは、藤田氏が爆撃したあのブルッキングス市から、藤田氏を市に招待したいと連絡があったというのです。その真意は(少なくとも番組内では)分かりませんが、まだ終戦から17年、アメリカでも日本に良い感情を持ってない人々が多かった時代です。万が一爆撃の報復などがあったとしても、日本政府は一切関知しないという……

なんちゅう情けない国家や! 誰だこの時の総理は!!(と思って調べたら池田勇人でした)

行くかどうかは藤田氏次第、ということでしたが、藤田氏は招待を受けることを決意。1962年5月23日、家族とともにブルッキングス市に降り立った藤田氏を待っていたのは、予想外の大歓迎でした。
ブルッキングス市では毎年恒例の祭りに毎回特別ゲストを招いていましたが、この年、アメリカ本土爆撃を覚えていた人がおり、たった一機で実行した日本人の勇気を称える声が上がったのだそうです。無論退役軍人などからは反対もありましたが、憎むべきはフジタではなく、戦争そのものだ、と説得したのだとか。ちなみにあの爆撃の被害は、樹がたった一本燃えただけだったとうことも明かされます。
「なぜ、こんなに人情味の溢れる人たちと戦争しなければならなかったか。お互いをもっとよく知っていれば、戦争は起こらなかったのではないか」。そう思った藤田氏は、日本のことを知ってもらうために、いつの日か必ずブルッキングス市の子供たちを日本に招待したい、と述べました。

帰国した藤田氏は懸命に働き続け、13年後には会社を息子に一任して、ブルッキングス市の子供たちを招こうと、準備に奔走します。しかしその会社が倒産し、70歳を過ぎてなお働き続けて貯金を続けます。
そして1985年7月8日、科学万博つくば85の開催に合わせ、ブルッキングス市の高校生3名が来日しました。さらに日本の高校も訪問し、筑波大学の学生に通訳も依頼しています。藤田氏は「日米の若者が相互理解と親善を繰り広げてもらえれば、再び悲惨な戦争も繰り返すことは避けられます。私の戦後は、これでやっと終わります」という言葉を残しています。
その後も藤田氏はブルッキングス市を3度訪問、また寄付金も募集して、その資金をもとにオレゴン州最大の図書館が設立されました。
1997年、ブルッキングス市は、藤田氏に名誉市民を授与することを決定。そのことを伝えるため、市長が訪日したその当日、藤田氏は85歳でこの世を去りました。その報はアメリカのニューヨークタイムズ紙でも大きく報じられたそうです。

       *       *       *

アメリカ本土爆撃というのは、たった一機で実行した個人の勇気は讃えられても良いとは思いますが、爆撃そのものが簡単な言葉でいえば「良いこと」かといえば、決して良いことではなく、戦争の愚行の一環として捉えられるべきことでしょう。しかしその愚行はあくまで国家、組織の命令によって行われたことであって、決して個人の責任ではありません(日本人は組織の責任を個人に押し付ける傾向が強く、この点どうしてもいただけません)。
一方、藤田氏が人生後半に奔走したブルッキングス市との交流は、個人の力で成し遂げられた偉業であり、いくら讃えても讃えすぎることはありません。日本のお上はアメリカに余計な気を使って藤田氏のことを取り上げるのを避けるのではないかと邪推されますが、爆撃のことではなく、日米交流を進めたという偉業を取り上げることに、遠慮が必要とは思えません。ニューヨークタイムズ紙でも大きく報じられるような日本人のことを、日本人はもっと知るべきではないかと思います。
近年の国民栄誉賞はどうでもいい有名人ばかりが受賞しているようですが、こういう人こそ受賞にふさわしいのではないか。そんな風に感じられます。

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京都市西京区・善峯寺

しろです。
あじさいの季節に京都市西京区の善峯寺に行きました。1029年(長元2年)創建と伝えられるそうです。

善峯寺山門
山門。1716年(正徳6年)建立。威風堂々としています。

善峯寺手水舎
手水舎。

善峯寺本堂
観音堂(本堂)。1692年(元禄5年)建立。
御朱印はこちらで頂けます。

善峯寺御朱印


善峯寺御朱印
へろんが頂いていた御朱印。

1996年1月17日サンケイスポーツの新聞記事
1996年1月17日サンケイスポーツの新聞記事が貼りだされていました。1995年の阪神淡路大震災で阪神高速から落下せずに済んだバスの運転手さんが、善峯寺のお守りを持っていたそうです。以来受験生の間で、おちないお守りとして広まったんだそうです。

遊龍の松
「遊龍の松」という有名な松の木です。すごく横に伸びていて歴史を感じました。
樹齢600年以上、全長37m、国の天然記念物に指定されています。1857年(安政4年)、花山前右大臣家厚公により命名されたそうです。

遊龍の松
下からのぞいた写真。
Wikipediaによれば、もともと全長50数メートルもあったものの、松食い虫の被害によって1994年(平成6年)、10メートルあまり切断されたのだそうです。

善峯寺から見た京都市街
善峯寺から見た京都市街。

幸福地蔵の祀られた“展望台”


善峯寺の幸福地蔵
展望台のようになった台には「幸福地蔵」が祀られています。「自分以外の幸せを願いましょう」とあります。

善峯寺のあじさい
あじさいは斜面に沿って植えており、あじさいの滝という印象です。展望台が備わっており、見応えも十分。普通に写真を撮るだけで絵のようなきれいさと完成度の高さ。

善峯寺の稲荷社
正一位稲荷大明神をお祀りした稲荷社。

善峯寺のあじさい


善峯寺のあじさい
自然に感謝できる1日でした。


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映画「ジュラシック・ワールド/炎の王国」感想

へろんです。
いつも映画を一緒に観に行く旧友と、「ジュラシック・ワールド/炎の王国」を観てきました。
ネタバレにつながる可能性もありますので、ご了承の上お読みください。

「ジュラシック・ワールド/炎の王国」予告編より
映画『ジュラシック・ワールド/炎の王国』日本独占!【最終予告】 より拝借しました。以下キャプチャ画面同様。

これまでのジュラシックシリーズの舞台となってきたイスラ・ヌブラル島では、テーマパーク「ジュラシック・ワールド」閉園後も蘇らされた恐竜が生息していましたが、休火山が活発な活動を開始し、大噴火によって恐竜たちの絶滅が懸念されることとなります。
はたして自然の摂理に背いて生み出された恐竜は滅ぶべきか、それとも生まれてきたからにはやはり生命の一つとして尊重されるべきか……。政府は恐竜を保護しない(絶滅に任せる)と決定しますが、恐竜保護団体は旧「ジュラシック・パーク」に関わったロックウッドの支援で、恐竜の救出活動を開始します。

「恐竜にとって必要なのは保護ではない。人間がいないことだ」

そう語るロックウッドは、自身の持つ広大な土地に、人間と接触せず恐竜を生かしていくことを考えていたようですが……
ところがやはりというべきか、恐竜救出計画には恐竜で金儲けをしようという輩が深く関わっていました。

「ジュラシック・ワールド/炎の王国」予告編より
噴火の始まったイスラ・ヌブラル島からの恐竜救出シーン。これを観て思いだしたのが、星野之宣「ブルーホール」

星野之宣「ブルーホール」第1巻
1991~1992年と、第一作「ジュラシック・パーク」(1993年)よりも前に連載された、ワタクシ的には恐竜漫画の最高傑作の一つ。6500万年前の巨大隕石落下から恐竜を救おうとする、壮大な作品です。ここには、ヘリコプターで恐竜を吊り下げて救出していくシーンがすでに描かれています。

「ジュラシック・ワールド/炎の王国」予告編より
ちなみにジュラシックシリーズでは首長竜ブラキオサウルスがこんな風に象徴的に登場しますが……

星野之宣「ブルーホール」第2巻
「ブルーホール」第2巻表紙。こちらでは首長竜の仲間アラモサウルス・フィデーが象徴的に描かれています。
もしかしてジュラシックの関係者は「ブルーホール」を見てるのでは!? (そういえばあのヴェロキラプトルの名前が「ブルー」というのも……!?)

「ジュラシック・ワールド/炎の王国」予告編より
そしてついに火山は破滅的な大噴火を起こします。そんな中、主人公たちが溶岩がくっつくぐらいすぐそばまで迫ってくる状況から逃げるシーンがありますが、それは溶岩を甘く見過ぎでしょう。身体を押し包む噴煙から逃げるシーンも、かつての雲仙普賢岳噴火の現実の報道映像を思い出し、気分の良いものではありません。
昔HPに載せた文章にも書きましたが、「デイ・アフター・トゥモロー」や「インディペンデンス・デイ」などアメリカ映画では人物アクションを盛り上げるためか、どうも自然現象を甘く見過ぎている嫌いがあります。こういう表現は勘弁してほしいものです。

ジュラシックシリーズでは時々、罪のない(もしくは登場人物の中では罪の少ないはずの)人物が結構えげつない食われ方をされるシーンがあって、その点あまり好きではないのですが、今回はそういったシーンはなく、代わりに悪役連中のほとんどが恐竜に食われます。それはザマミロで良いのですが、たとえ悪者でも子供向けのシーンではないですね……。恐竜好きには子供が多いはずですが、難しいものです。

「ジュラシック・ワールド/炎の王国」予告編より
悪役連中の目的の一つは、“救出”した恐竜をオークションで売りさばくことでした。どうせならこのオークション会場にもっと凶暴な恐竜を乱入させてやれば良かったのに、とも思いますが、乱入したのがパキケファロサウルスだったのはご愛嬌というかちょっとした優しさなんでしょうか。

逃げ出した恐竜による混乱ですべてが破壊されていき、ついには地下の研究所にあった有毒ガス、シアン化水素が漏れ出すという事態になります。
それにしても、ここにはなぜそんなに大量のシアン化水素があったのでしょうか? 細菌兵器の恐怖を描いた小松左京「復活の日」には、細菌兵器の研究をしている研究所では、万が一細菌が漏れた時にはすべてを焼き尽くす火薬が備えられているという描写があります。このシアン化水素もそうした目的があったのでしょうか。
シアン化水素が漏れ出すという展開になった時、「ああ、これですべてを元の鞘に収める、一種の神の御手のようなものとしてこうしたんだな」と予測しました。
ところが……本作はそうした「予定調和」をぶち壊す、まったく正反対の展開へとなだれ込んで行きました。

ロックウッドの孫娘メイシーの正体の明かし方があまりにも唐突で、ここはどうにかならなかったのかと思いますが、それにしてもその正体が「予定調和」をぶち壊す大きな理由になるとは、これは驚きました。
(ちなみにメイシーにとってロックウッドは祖父ということになっており、字幕でも「おじいさん」と呼んでいたと思いますが、英語では「パパ」と呼んでいました。これもある種の伏線?)

そして世界は新たな局面に突入し、イアン・マルコムの「ようこそ、ジュラシック・ワールドへ」という皮肉たっぷりな言葉で締めくくられます。
次回作は2021年公開予定だそうです。そこに描かれる世界はどうなっていくでしょうか。

「恐竜にとって必要なのは保護ではない。人間がいないことだ」

ロックウッドが本作中で発した言葉。この言葉が、また違った意味で意味を持ってくるような気がしてなりません。

京都府八幡市・石清水八幡宮

へろんです。
2018年6月18日の大阪府北部を震源とする地震から一ヶ月ほど経ちました。あの地震では、京都府八幡市の石清水八幡宮でも石灯籠が倒壊するなどの被害が発生したそうです。(京都の文化財に被害 石灯籠40基倒壊の石清水八幡宮、古くからあるものは無傷)
石灯籠約500基のうち約40基が倒壊したそうですが、倒れた石灯籠は江戸期以降のものとみられ、それ以前のものは全くの無傷だったそうです。新しいものより古いものの方がかえってしっかりしているというのはよく聞く話ですが、こういう話を聞くと、新しいということが良いことなのかどうか考えてしまいますね。

私が石清水八幡宮のある八幡市に行こうと思ったのは、淀川河川公園背割堤地区の桜がきれいという話を聞いていたからです。2017年には、桜並木を地上約25mの高さから一望できる「さくらであい館」がオープンしたとか。
そこで4月1日に行ってみたのですが……

午前9時の段階で、宇治川、木津川を渡って八幡市街に入っていく道路はすでに渋滞し始め、歩道には大勢の人々が……! あらかじめ調べていたいくつかの駐車場もすでに満車! 中心街から少し離れた駐車場にかろうじて車を停めましたが、あまりの人出に淀川河川公園はあきらめ、後で行こうと思っていた石清水八幡宮へ向かうことにしたのでした。

石清水八幡宮が鎮座する男山(鳩ヶ峰、標高143メートル)は、木津川・宇治川・桂川の三川が合流し淀川となる地点を挟んで天王山と対峙する位置にあります。

男山山上へ向かうケーブル
八幡市駅から男山山上駅へは男山ケーブル(正式名称は京阪鋼索線)で登ります。

男山展望台からの景色
男山山上駅から直ぐ近い場所にある展望台からの景色。

木津川にかかる御幸橋
右上にある塔が、今回あきらめた「さくらであい館」。……その左下、木津川にかかる御幸橋ではさらに車が渋滞し、歩道の人の波もすごいことに……!

男山展望台から見える京都タワー
遠くに目を転じると、京都タワーがかすかに見えました。

男山展望台のオブジェ
展望台の一角にある昆虫や鳥のオブジェ。

男山展望台は石清水八幡宮の後ろ側にあるため、ぐるりと回りこんで石清水八幡宮の正面へ向かいます。

石清水八幡宮手水舎
朱塗りの立派な手水舎があります。

石清水八幡宮手水舎
手水舎にずらりと並んだ柄杓。この数はすごい!

石清水八幡宮本殿
本殿を含む建造物10棟が国宝に指定されています(2016年2月9日指定)。

社殿の吊り燈籠
朱色の社殿に吊り燈籠。これまでにお詣りした中では奈良の春日大社を思い出します。

石清水八幡宮の鳩みくじ
鳩みくじ。
鳩が八幡神の水先案内人となったといういわれがあり、鳩は八幡神の使いであるとされるようになったのだそうです。

石清水八幡宮境内の桜


石清水八幡宮と桜


石清水八幡宮御朱印
頂いた御朱印。
後から調べると、こちらの御朱印には「八」の字が二羽の鳩が向かい合った双鳩になっているバージョンもあることが分かりました。しかも授与所で「鳩の御朱印をお願いします」といえばこのバージョンを頂けるとのこと。なんと! 行く前に知りたかった……(o_ _)ノ彡☆

石清水八幡宮の絵馬
絵馬に目をやると、エジソンの顔を描いた「エジソン竹絵馬」が……

エジソン記念碑
実は境内には「エジソン記念碑」が建立されています。1934年(昭和9年)に最初の碑が建てられ、1984年(昭和59年)に現在のデザインで建て替えれされたそうです。
1879年(明治12年)にトーマス・アルヴァ・エジソン(1847~1931)が白熱電球を発明し、そのフィラメントに世界中の素材を試した結果、日本の竹が最も優れていたことは有名です。その時の竹こそが、石清水八幡宮のある男山周辺の真竹だったそうです。こうした縁から記念碑が建立され、毎年エジソン生誕祭も催されているそうです。

八幡市駅前のエジソン通り
京阪電車八幡市駅前には「エジソン通り」もあり、エジソンの胸像があります。

エジソンといえば、ずっと昔にテレビで見た逸話では、彼は頭脳の働きも一種の電気信号と考え、晩年には霊界通信機のようなものを造ろうとしたようです。「肉体が死んでも精神が残っていれば、私の装置で取り出せるはずだ」 と日記に記したのだとか。

またエジソンには「休むことは錆び付くことだ」(ちょっとうろ覚え)みたいな言葉もあって、わき目も降らず仕事に打ち込んだということで教育ママや経営者が泣いて喜びそうな逸話もありますが、実は学校では落ちこぼれで、一種の発達障害だったとも言われています。
母親が元教師であったというのも、文部省が「登校拒否児が偉人では都合が悪い」と見なしたという、本当なら極めて差別的な意向により、日本の伝記作家が創作したという説もあるのだとか(Wikipediaより)。
確かに歴史上の偉人であることは間違いありませんが、どんな偉人でも安易な称揚だけでなく、いろんな側面にも注視しなければならないのでしょうね。


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健康診断・・・

へろんです。
西日本豪雨はこの一週間、日に日に被害の拡大が報道され、その大きさに慄然とさせられます。被災地域の皆様には心よりお見舞い申し上げます。

昨日は年一回の健康診断でした。1年前とほぼ同様の結果でしたが、身長も体重もほんの少しだけ減少。ううむ、体重が減るのは嬉しいですが、身長は減ってほしくない……。生化学項目も昔から高かった項目も含めて大きな変化はありませんでしたが、これまでは様子見だったのが、そろそろ投薬も含めて考えても……みたいに言われてしまいました(T_T) あとは毎年悩まされるのですが、バリウムがすんなり出てくれることを祈るばかり(>_<;)

今週は豪雨が終わったと思ったとたんに酷暑。この季節の健康診断って、こうも暑いのに朝から飲まず食わずのいうのは本当にこたえます。
以前から温暖化の影響というのは単純に温度が上昇するというわけではなく、気候の「極端化」「不安定化」にあるということが言われていました。今まさにそうなりつつあるような気がします。

さて今週はこんな記事にもあるように、豪雨時の政治家の対応にも批判が集まっています。
記録的な大雨になる恐れがあると発表された5日の夜、首相らが自民党議員の懇親会に出席したことについて、BBC NEWS JAPANにも記事が出ているということは海外にも発信されているようですね。恥ずかしい…… ┐(´д`)┌

被災地域の出身議員の行動については、7月8日の時点でこういう記事も掲載されていました。
豪雨の最中、岡山出身の議員が与野党含めどう動いたかが検証されています。
単純で感情的な批判だけでは改善につながらないかもしれませんが、こうした検証はいわば政治家の「健康診断」。ウォッチングはぜひ続けていかねばなりませんね。

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