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「M78星雲 光の国」と姉妹都市!

へろんです。
2018年10月19日、仕事帰りに大阪・梅田の阪神百貨店の東北6県物産展に立ち寄ってきました。

阪神百貨店の東北6県物産展

東北といえばずんだ餅とか牛タンとか、いろいろ美味しいものが……

おや?

自然栽培の薄井農園のウルトラマン バルタン焼

ウルトラマン バルタン焼!?

ものすごーく気になって、お店のお兄さんにウルトラマンとどういう関係があるのか訊いてみました。すると何と、福島県須賀川市はウルトラマンの故郷、M78星雲 光の国姉妹都市提携を結んでいるのだとか!

実は、須賀川市はウルトラマンやゴジラを生み出した特撮の神様・円谷英二監督(1901~1970)の出身地なのだそうです。これが縁で、2013年から地域おこしとして「姉妹都市」事業を開始したのだとか。当時もニュースになっていたようです。良いですねえ~、大好きです、こういう企画♪

姉妹都市提携チラシ
頂いたチラシ。

姉妹都市提携チラシ裏

2013年5月5日に「調印式」が行われたそうです。スーツ姿の地球人と異星人が並んで立つ姿って、違和感よりも、どこかで見たような懐かしい雰囲気があります。

自然栽培の薄井農園のウルトラマン バルタン焼
こちらが物産展で売られていた、「自然栽培の薄井農園」の須賀川のウルトラマンバルタン焼

自然栽培の薄井農園のウルトラマン バルタン焼
写真撮影とブログ掲載の許可は頂いています。お話をうかがったお兄さんが、「これでどう?」とチラシを掲げて下さいました。

自然栽培の薄井農園のウルトラマン バルタン焼
モチーフはウルトラマンとバルタン星人の2種。

自然栽培の薄井農園のバルタン焼
カスタードクリーム入りの「バルタン焼」を買って帰りました。なかなかカワイイ(^^)

(V)o¥o(V)
↑バルタンって変換すると、このような絵文字が最初から入ってるんですね。さすがウルトラマンと人気を二分する悪役キャラです(そもそもバルタン星人って故郷を失った難民なわけで、単純な悪役とも言い切れないところがまた考えさせられます)。

調べてみますと、WEB上の仮想都市として「すかがわ市 M78光の町」まで作成されていて、「住民登録」もできるそうです。

キャッチコピーは「300万光年をつなぐ姉妹都市」。300万光年! これはぜひ、いつかは光の国から超光速通信や超光速航行を技術移管してもらえるように頑張って頂きたいものです!

M78星雲はこのように地球から300万光年離れた銀河という設定になっていますが、現実にはM78は銀河ではなく、地球から1600光年と比較的近い散光星雲の名前になっています。
これも有名な話ですが、当初はウルトラマンの故郷はM87星雲と設定されていましたが、これが誤植でM78と印刷されてしまい、そのまま定着してしまったそうです。M87星雲は現実でも巨大な銀河なので、ウルトラマンワールドのM78と近い存在と言えそうです。
ただしその距離は大きく異なります。ウルトラマンワールドのM78は、アンドロメダ銀河と似た距離(約250万光年)なので、同じ局部銀河群に含まれると推定されます。一方、現実のM87は遥かに離れたおとめ座銀河団に属し、地球からは約6000万光年。同じ銀河団の中にある銀河系間に比べて、異なる銀河団の間を移動するのは遥かに困難ではないかと思われますが、果たして光の国の人々にとってはどうなんでしょうね?

2019年1月には「円谷英二ミュージアム」もオープン予定だそうです。これは楽しみですね! 福島県は西日本の者にとってなかなか訪れることのない地域ですが、いずれ行ってみたいものですね。

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東京大学総合研究博物館「珠玉の昆虫標本」展

へろんです。
今年(2018年)は先日アップしましたように、東京・上野の国立科学博物館で初の昆虫をテーマとした特別展「昆虫」が催されましたが、ほぼ同時期に、何ともう一つの昆虫展が催されていることをニュースで知りました。

東京大学総合研究博物館・「珠玉の昆虫標本」展

東京大学総合研究博物館の「珠玉の昆虫標本 -江戸から平成の昆虫研究を支えた東京大学秘蔵コレクション-」。収蔵されている約70万点の昆虫標本のうち、約4万点(資料によっては5万点)を一挙公開!
国立科学博物館に行った時に無理してでもこちらも行きたかったのですが、何とその日はこちらは休館日。しばらく悩みましたが、結局夜行バスに飛び乗って9月に行ってきました。

東京大学総合研究博物館入り口

特別展の会期は2018年7月14日から10月14日、の予定でしたが、好評につき10月20日まで会期延長されました(拍手~♪)
ちなみに東京大学総合研究博物館は一般の博物館よりも休館日が多いようですので、こちらで確認されることをお勧めします。

東京大学総合研究博物館・「珠玉の昆虫標本」展


東京大学総合研究博物館・「珠玉の昆虫標本」展

入ってすぐに並んでいたのが、本特別展の目玉の一つ、武蔵石寿昆虫標本。

武蔵石寿昆虫標本
江戸時代の本草学者、武蔵石寿(1766~1861)が約200年前に製作した、日本最古の昆虫標本です。
残念ながら撮影禁止でしたので、パンフレットの写真を切り取って載せております。

現在の針で刺して宙に浮かせる西洋式の標本ではなく、綿に乗せた昆虫などにドーム状の透明ガラス容器をかぶせ、下面を丈夫な厚手和紙で密封してある形で、かなり独特のスタイルです。
封入されているのはタマムシやアオスジアゲハ、ギンヤンマなど9目約72種の昆虫の他、カニ、クモ、トカゲ、タツノオトシゴ、カタツムリ、コウモリなどなど様々な小動物も含まれており、漢字で書くと「虫」のつくこうした生き物も、虫の仲間と考えられていたようです。

「アニマ」1985年9月号
私がこの独特の標本を初めて知ったのは、実は平凡社の雑誌「アニマ」(1973~1993)の1985年9月号(No.151)でした。特集記事「標本箱 昆虫の豊かな世界」の「針で虫をとめるまで 標本箱の歴史をたどる」(小西正泰/田中誠)という記事の中で、写真入りで紹介されていました。

武蔵石寿昆虫標本の記事
これを見た時は「へぇ、昔はこんな標本もあったのか。珍しいものだな~」と思っていましたが、その33年後に実物をこの目で見られるとは!! 感涙ものデス(T▽T)

朝日新聞デジタルの記事によれば「傷みもあるため最後の公開になる可能性がある」とのこと。この記事は残念ながら有料会員限定記事ですが、前半部分は読めますし、クロアゲハなどの標本写真をカラーで見ることが出来ます。
ちなみに武蔵石寿は991種の貝を収録した貝類図鑑「目八譜」の著者で、日本貝類学史上特筆される人物でもあるのだそうです。「現在日本における貝の和名は、この図鑑で命名されたものが多い」のだとか。貝も好きな私としては、尊敬してしまいますね。

山階芳麿博士の標本
あの山階鳥類研究所を創設した、山階芳麿博士(1900~1989)の標本。この写真を撮った時には気づきませんでしたが……

オガサワラセセリ
この中にあった小笠原・父島産のオガサワラセセリは、この世にわずかな標本しか存在しせず、すでに絶滅したと考えられるのだそうです。垣間見えるラベルから、1930年に採集されたものと思われます。

濱 正彦のチョウ標本
信州屈指のアマチュア研究家、濱 正彦(1935~2013)のチョウ標本。もう蝶の壁です。

テングアゲハにまつわる捕虫網や電報
チョウ類幼生期研究の大家、五十嵐邁(1924~2008)の標本の中には、それまでは幼生期が詳しく知られていなかった珍蝶テングアゲハを1986年に採集した時の捕虫網や電報まで展示されていました。

テングアゲハ
テングアゲハ Teiopalpus imperialis
インド北東部から中国西部の山岳地帯に分布し、「ヒマラヤの蝶」として名高いそうです。緑色を基調とした渋い色合いです。

ブータンシボリアゲハ
2011年当時ニュースにもなった、ブータンシボリアゲハ Bhutanitis ludlowi の標本です。
ブータンシボリアゲハは1933年にイギリス人によって発見され、5頭の標本のみが大英自然史博物館で保存されましたが、それ以後確認されていませんでした。2011年8月になって日本・ブータン共同調査隊により78年ぶりに再発見されたのですが、ワシントン条約による制限のため、ブータンから持ち出すことは出来ませんでした。
しかし2011年11月15日、来日中のブータンのワンチュク国王から、ブータンと日本との友好の証として、さらには同年に起こった東日本大震災からの復興の願いを込めて、オス2頭の標本が贈呈されました。

ブータンより贈られたブータンシボリアゲハ
上段が、ブータンの正式国名「ドゥク・ユル」(雷龍の国)に由来する、龍と王室紋章の刺繍が入った外箱。下段が、同様の彫刻が施された内箱で、下に“A GIFT FROM THE PEOPLE OF BHUTAN”(ブータン国民からの贈り物)と刻まれています。

蝶好きのため蝶の写真が多いですが、セミやトンボ、甲虫など様々な種類がありました。

セミ博士・加藤正世のセミ標本
大正から昭和初期に活躍したセミ博士・加藤正世の標本の中には、セミの羽化の様子を連続的に示したものもありました。どのように標本にしたのか、不思議なものです。

冬虫夏草の標本
なんと冬虫夏草の標本まで。

世界のセミ類
加藤博士とは別のコレクションですが、海外のセミは日本とは色合いも雰囲気も違います。

世界の美しい蛾
世界の美しい蛾。蛾は何となく蝶に比べて差別されていますが、以前書きましたように、蝶と蛾は明確な区別のないつながったグループです。

展示の最後には、「未来に向けて」という説明文とともに、空の標本箱が並んでいました。
これから先の時代、はたしてこれまでのようなすばらしいコレクションが生まれるほどの自然環境が維持されていけるでしょうか。標本箱が空のままであるような未来を回避するには、どうすれば良いでしょうか。
標本箱の中に並ぶ標本の一つ一つには、単に昆虫、あるいは自然の一部というだけではなく、二度と戻らぬ 「時」 がとどめられています。200年前の武蔵石寿の標本が維持されてきたように、すべてのコレクションが未来にも維持され続けていくように、そして未来の子供たちが新たなコレクションを生み出していけるような環境が維持されていくように、祈りたいものです。


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京都府八幡市・飛行神社

へろんです。
2018年4月1日、以前アップした石清水八幡宮の後、飛行神社にもお詣りしてきました。
「日本の航空機の父」とも言われる明治時代の航空機研究家、二宮忠八(1866~1936)が、航空事故の犠牲者を祀るため、1915年(大正4年)に創建した神社です。
Wikipediaによれば、英国王立航空協会は1954年、二宮忠八のことを「ライト兄弟よりも先に飛行機の原理を発見した人物」と展示場で紹介したそうです。

飛行神社

ご祭神は饒速日命(にぎはやひのみこと)。日本書紀に天磐船(あまのいわふね)に乗って空を飛行し、地上に降臨したと伝えられるのだとか。
空飛ぶ船で降りてくるというのもなかなかSF的なイメージが浮かびますね。

飛行神社手水舎
手水舎。彫られているのは左が「烏(カラス)型飛行器」、右が「玉虫型飛行器」。1891年、烏型飛行器によって日本初のプロペラ飛行実験が成功したそうです。「飛行器」は二宮忠八自身が名付けた言葉で、「飛行機」は1901年に森鴎外が最初に使用したのだとか。

飛行神社手水舎
側面にはジェット戦闘機でしょうか。

飛行神社鳥居
鳥居は飛行機の機体にも使われるジュラルミン製、と記された資料が多いのですが、それは間違いでステンレス製とする資料も多く見られます。どうも後者が正解のようですね。

飛行神社拝殿
鳥居をくぐって階段を登ると、ギリシャ神殿風の拝殿が。

飛行神社拝殿のステンドグラス
拝殿のステンドグラス。資料によって鳥のイメージだとか飛行機だとか書かれているのですが、私にはどうもトビウオに見えて仕方ないのですが……

飛行神社拝殿
拝殿正面より。

烏型飛行器の絵馬
烏型飛行器の絵馬。

神飛行機おみくじ
神飛行機おみくじ。読んだ後は紙飛行機を折ってお納めするのだとか。「神」と「紙」をひっかけたものですね。「飛行機」もせっかくなら「飛行器」としても良かったかと。

神飛行機おみくじを奉納する茅の輪
神飛行機おみくじを折った紙飛行機を飛ばして、この茅の輪を通して奉納するそうです。

飛行神社資料館が併設されており、入館料300円で見学してきました。内部は残念ながら撮影禁止でしたが、1000機にも及ぶ様々な飛行機のプラモデルが所狭しと並んでいる様子は圧巻でした。

宇宙飛行士とロケットの顔出しパネル
代わりに、資料館入り口付近の顔出しパネル。
現代ではロケットなど宇宙分野も範疇に入っているんですね。

ロケット打ち上げ成功のパネル
左が2016年(平成28年)12月9日、H-ⅡBロケット6号機打ち上げ、右が2017年(平成29年)12月23日、H-ⅡAロケット37号機打ち上げの写真。どちらも種子島ですかね。いつかはロケット打ち上げをこの目で見たいものです。

零式艦上戦闘機の機首部
零式艦上戦闘機(いわゆるゼロ戦)の機首部。1983年(昭和58年)大阪湾で引き上げられたものだそうです。

飛行神社御朱印
頂いた御朱印。
右上の社紋はプロペラを模しているのでしょうか。

これまで飛行機には何度か乗ってはいますが、理屈の上では飛行原理は分かるものの、感覚的には「こんな巨大な重量物が飛ぶわけない!」と思ったりします(笑)。二宮忠八をはじめ、飛行機の発明・開発・発展・維持に関わってきた人々すべてに頭の下がる思いですね。
これから宇宙開発が進んでいく時代にも、きっと飛行神社のご加護は必要ですね。例の史上初の民間月旅行を予定している某氏もお詣りしておいた方が良いのでは?(^^)


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東京都・東京タワー水族館

へろんです。
またまた台風が突っ込んできますね。皆様どうぞお気を付けください。

2018年7月、たまたま見かけたネットニュースで「東京タワー水族館が閉館の危機」という記事を見かけました。
ええっ、東京タワー水族館はこれまでに2回訪れた思い出の場所なのですが、それが閉館……!?

報道によると、東京タワーは日本電波塔(株)が運営しており、そこに入るテナントとして営業していたそうです。しかしここ数年、賃料の未払いが続いたことから、電波塔が物件明け渡しと賃料支払いを求めて東京地裁に提訴していたのだとか。
そして2018年9月1日、東京タワー水族館は9月30日で閉館することが発表されました。

東京といえば東京タワー。スカイツリーもありますが、様々な作品にも登場してきたシンボリックな存在、戦後日本とともに歩んできた長い歴史、特徴的で温かい外観、などなどから東京タワーの方がずっとお気に入りです。
その一階に水族館があるというのも大きなポイントだったのですが、それが閉館とはとても残念なことです。

前回東京タワー水族館に行ったのは、2013年12月28日。東京に所用があって一泊した際、仕事が終わってホテルに行くまでの時間に訪れました。

増上寺と東京タワー
増上寺と東京タワー。この頃はまだ御朱印も知らず神社仏閣巡りに目覚めていなかったので、通り過ぎていましたが……(苦笑)

東京タワー展望台からの夕景
日が沈む前に、夕景を期待して東京タワー展望台に上りました。この日は富士山もよく見えました。地平線近く、写真左方から右へ横にまっすぐ伸びた雲が、富士山を目指す生き物のように見えます。外国人の方が「ドラゴン」と言いながら指さしてました。

東京タワー水族館パンフレット
東京タワー水族館は世界初の観賞魚専門の水族館として1978年に開館、今年は40周年にあたります。900種類、5万匹の観賞魚が生息地別に分類・展示されています。

東京タワー水族館
最近流行りの巨大な水槽をドンと置くタイプではなく、小さな水槽がたくさん置かれています。それだけ多数の種類を展示しているということでしょうか。ちょうどペットショップの展示に似ているかも知れません。

東京タワー水族館の東京タワーオブジェ
年末で正月も近いということで、門松付きのディスプレイもありました。手前にはディスカスが泳いでいます。

東京タワー水族館の魚たち


東京タワー水族館の魚たち


東京タワー水族館の魚たち


ジャウー Zungaro jahu
ジャウー Zungaro jahu
ちょうどシールで顔が隠れてしまっていますが(^^;)ゞ
アマゾン河に生息する大型ナマズ。大きさ1.5メートルとありましたが、調べてみると2メートルと書いてある資料もあります。「人食いナマズ」の異名を持ち、現地では胃の中から人骨が出てきたという話もあるとか……(資料によっては信憑性は定かでない、とされていますが)

ムブ(淡水フグ)
ムブと呼ばれる、中央アフリカに生息する世界一大きな淡水フグ、とこれも大型魚の一つです。自然下では70センチ以上にもなるのだとか。体の唐草模様は成長するにしたがって複雑になっていくのだそうです。

東京タワー水族館の魚たち
撮った写真は見栄えのせいか撮りやすかったのか、なぜか大型魚の写真が多いのですが、小さな魚もたくさんいました。本当は小さく可愛らしい魚も大好きなのですが、なかなかきれいに撮れません。これはシクリッドの水槽ですね。

東京タワー水族館のスッポンモドキ
なんとカメ(スッポンモドキ)も泳いでいました。

東京タワー水族館のヒレナガゴイ(ヒレナガニシキゴイ?)
「ヒレナガゴイ」という名前で、「日本のニシキゴイとインドネシアのヒレナガゴイを交配させた改良品種」と説明されていました。ニシキゴイ×ヒレナガゴイ=ヒレナガゴイ?? 調べてみるとヒレナガニシキゴイというのもいるそうなので、正しくは「ヒレナガニシキゴイ」なのかもしれませんね。

水槽をメンテ中の従業員さん
ちょうど水槽のメンテ中の従業員さんがいらっしゃいました。

東京タワー水族館
でもねー、確かにちょっと人が少ないかなあ、という気もしましたよ……。

東京タワーのイメージキャラクター、ノッポン
水族館のすぐ外ではタワーに上る人や記念写真を撮る人や、結構にぎやかだったんですが……。東京タワーのイメージキャラクター、ノッポンとの記念撮影で列ができていました。

西暦が電飾された東京タワー
水族館を後にして振り返ると、東京タワーの展望台の部分に「2013」の電飾が。西暦表示は2000年以降、年末年始にのみ行われているそうです。

水族館に入館する時、受付の方と「20年ぐらい前にも一度来たことがあるんですよー」などとお話しさせて頂いていましたが、今回閉館と聞いて、最初に行ったのはいつだったのだろう? と断片的な日記をずっと遡ってみると……
ありました。1995年5月5日に東京タワー水族館を訪れたという記述が。
この時写真も撮ったよなー、と押入れを探して、ようやく当時のポケットアルバム(DPEに現像を頼むとついてきた小さなもの)に入った写真を見つけました。
そうです、まだデジカメが普及していなかった時代の銀塩写真です。

当時はフィルム代+現像代でそれなりの費用がかかりましたから、今のように一回の旅行で何百枚も写真を撮るのとはまるっきり違います。
そんな中で撮っていた水族館での写真。

1995年当時の東京タワー水族館の魚たち


1995年当時の東京タワー水族館の魚たち


1995年当時の東京タワー水族館の魚たち


1995年当時の東京タワー水族館の魚たち

やっぱり当時も大型魚ばかり撮っていたようです……(^^;)
この頃は自宅で熱帯魚を飼っていましたので、好きなコリドラスの雑誌を2冊ほど売店で買って帰った記憶があります。この時の本もどこかにあるはずなんだけど……。

思いがけず20年以上前のまだ平和だった時代(苦笑)の思い出まで掘り起こすことになりました。
そんな思い出の地が今月いっぱいでなくなってしまうのは悲しいものです。東京近郊にでも住んでいたらもう一回訪れたかったところです。にしても最後の土日に台風が来るというのも意地が悪い……。
せめて閉館後に魚たちがちゃんと引き取ってもらえるように祈りたいものです。いつかどこかの水族館で「東京タワー水族館出身」なんて書いてあったら嬉しいですね。


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徳島市・金長神社の話題。

へろんです。
2018年9月17日、たまたま見た報道番組で、徳島県小松島市の金長神社に関するニュースが放送されていました。気になったので、寺社仏閣カテゴリでは初めて、まだ訪れたことのない場所を取り上げさせていただきます。

四国には狸に関する伝承が多く伝えられています。「八百八狸」はかの「ゲゲゲの鬼太郎」にも登場して私も知ったのですが、江戸時代に講談として広まった「松山騒動八百八狸物語」が基のようです。

信楽焼きの狸

「八百八狸」みたいに狸がいっぱいだとこんな感じ?(^^) こんなカワイイ狸だったら大歓迎ですけどね。写真は2009年10月10日に滋賀県の信楽で撮ったものです。

金長神社に祀られている金長大明神は、もともと江戸末期に物語として成立したとみられる「阿波狸合戦」に登場する「金長(きんちょう)」という名の狸だそうです。
1939年(昭和14年)には映画「阿波狸合戦」が公開され、その大ヒットの礼の意を込めて当時の映画会社関係者が日峰山に金長神社本宮を建立。1956年(昭和31年)、別の場所に祀られていた金長大明神を勧請して翌年に建立されたのが金長神社だそうです。「金長神社本宮」と「金長神社」の二つがあってちょっとややこしいのですが、今回話題になっているのは1956年に建立された金長神社の方です。

1994年公開のアニメ映画「平成狸合戦ぽんぽこ」では、東京の乱開発に対抗するため四国の三長老が呼び寄せられます。そのうちの一人(?)が「六代目金長」。まさに金長神社に祀られる金長大明神(の子孫? 化身? 何というのか分かりませんが……)というわけですね。アニメで登場する神社の風景は、実在の金長神社そっくりなのだそうです。

ところが……報道されたところによると、このあたりの土地を防災拠点にするべく公園の整備計画が立てられたのですが、その完成予想図では、現在神社がある場所は駐車場になっているというのです。
では今ある神社は……??
2018年3月13日付けの徳島新聞が「取り壊される可能性がある」と報じたようですが、これに対し市民から反発の声が上がり、現在も「金長神社を守る会」公式ブログ金長大明神小松島復興大作戦ぽんぽこなどで活動が続けられています。ネット上も含め署名活動も行われており、2018年7月31日に提出したネット署名は7094筆、うち海外は765筆と、1割以上が海外の方からだったそうです(遅くなりましたが7/31提出分ネット署名を集計してみました)。さすが“ジブリの聖地”だけあって海外からの注目も大きいようですね。

ジブリ作品はワタクシ的に、「ナウシカ」「ラピュタ」などの大好きな作品と、「千と千尋」や「ポニョ」などの嫌いな作品との真っ二つに二分されるのですが、「平成狸合戦ぽんぽこ」は大好きな作品の一つです。この作品ゆかりの場所がもしもなくなるとすれば残念なことですし、徳島にとっても貴重な観光資源を失うどころか、世界的に恥をかくことになるのではないでしょうか。
そもそも観光を抜きにしても、その土地の信仰に係るものを行政が勝手にどうこうしてしまうというのは、いかがなものでしょうか? 確かにいろいろと難しいこともあって、所有者が定かではないといった問題もあるようですが、分からないからといって、何の話し合いもなく完成予想図から消してしまうのはおかしいんでないかい?

2018年4月17日付けで掲載されたFNN PRIMEの記事「ジブリ映画の聖地が無くなる!?防災か観光かで揺れる街」では「大事な観光資源なので無くすことは考えていない」と答えられているようです。
また防災公園にするのは良いとして、その中に神社を残しても良いのではないかとも思いますが、2018年3月17日付けの「タヌキを祀った神社が取り壊し? 小松島市に詳細を聞くと、難しい事情も」によると、「都市公園法では市の公園に神社を設置することを認めていない」のだとか。なぜなんでしょうね……??

最近になって、2018年9月21日付けの記事では「ジブリ映画にも登場・金長神社保存方法「議論する場設置を」有識者会議提言」という動きも出ているようです。

ちなみに、中にはこんな記事(「金長神社」取り壊しへの抗議活動か 映画さながらの怪現象が次々ボッ発」)も。「野生のタヌキが抗議活動している!?」という記事ですが、本当にあってくれたらと思いますね。

徳島市遠景

2013年10月13日に徳島を訪れた時の風景。左下に見えるドームはとくしま動物園のフライングケージです。この写真に写っている範囲はおそらく徳島市内だと思われます。件の小松島市は徳島市の南にあります(この写真では右方)。
そういえば徳島って、今年(2018年)は阿波踊りで何やらもめていたのが全国的に報道されていましたね。市は違いますし単純比較はできませんが、根っこに同じようなものがある気がします。


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