奈良県桜井市・安倍文殊院

へろんです。
日本三文殊の一つ、奈良県の安倍文殊院を桜の季節に訪れました。

安倍文殊院の桜
645年、大化の改新の時に左大臣として登用された安倍倉梯麻呂(あべのくらはしまろ)により建立された、日本最古に属する寺院といわれています。安倍氏一族の氏寺といわれ、安倍氏と関わりがあるとされる安倍晋三氏が2010年(平成22年)に「第90代内閣総理大臣 安倍晋三」名義で石塔を寄進しているそうです。
京都府宮津市の切戸文殊(智恩寺)、山形県高畠町の亀岡文殊(大聖寺)とともに、日本三文殊に数えられています。

安倍文殊院本堂
本堂は1665年(寛文5年)に建立。

参拝はお抹茶・お菓子付き。
本堂の参拝はお抹茶・お菓子付きです。落雁には陰陽道の五芒星が。

本堂に安置されている御本尊は、1203年(建仁3年)に鎌倉時代を代表する仏師、快慶によって造立された文殊菩薩。獅子に乗り4体の脇侍が随侍する渡海文殊菩薩群像は、2013年に国宝に指定されています。
残念ながら撮影禁止でしたが、日本最大といわれる、獅子と光背を含めて高さ7メートルもある御姿は迫力あるものでした。

安倍文殊堂御朱印
御朱印は3種類あり、御本尊の文殊菩薩の御朱印を頂きました。

葛の葉稲荷


葛の葉稲荷
稲荷大明神(葛の葉稲荷)。
平安時代の大陰陽師、安倍晴明(921~1005)がこの地で生まれたと伝えられることに因み(出生については摂津国阿倍野(現・大阪市阿倍野区)とも)、晴明の母親と伝承される白狐・信太森葛葉稲荷大明神をお祀りしています。財運・金運・悪気払いのご利益とともに家運隆昌・商売繁盛のご利益が厚いそうです。

金閣浮御堂
金閣浮御堂。
1985年(昭和60年)に建立された、文殊池の中に建つ金色の六角堂。安倍仲麻呂像、安倍晴明像などを祀っています。

金閣浮御堂
高台にある葛の葉稲荷から見ると、桜に埋もれているようにも見えます。

表山門
表山門。
本来の表門はこちらですが、駐車場から入るとここは通りません。実際、車による参拝者の増加に伴い、ここから入山する人は少ないそうです。

合格門
合格門。
松を使用して作成されており、一足先に合格門をくぐり合格を「まつ」のだとか。

安倍晴明 天文観測の地


安倍晴明 天文観測の地
この展望台で安倍晴明が天文観測を行い、吉凶を占ったと古来より伝承されているそうです。

安倍晴明堂
安倍晴明堂。2004年(平成16年)、晴明公一千回忌を迎えるにあたり、200年ぶりに再建されたそうです。

如意宝珠
如意宝珠。安倍晴明堂の正面に据えられており、この球を手で撫でると魔除け方位除けの大きなご加護が受けられるそうです。

干支ジャンボ花絵
干支ジャンボ花絵。2017年酉年にちなみ、鶏をかたどっています。パンジーの花を約8000株使って作成されたもので、毎年12月から翌年4月まで見られます。この花絵を年賀状に使う人も多いのだとか。

ウォーナー博士報恩供養塔
ウォーナー博士の報恩供養塔。1881年アメリカ生まれの東洋芸術史家で、日本美術の権威だったそうです。第二次大戦中、アメリカ上層部に京都や奈良の文化的価値を説いたおかげで、日本本土空襲の空爆リストから外されたのだとか。この功績に感動した桜井市の一市民、中川伊太郎氏が1959年(昭和34年)に建立されたそうです。こういうお話はもっと知られてほしいものですね。

この他に古墳もあったり、安倍晴明やウォーナー博士など、逸話や見所も多い場所でした。他の季節にも訪れてみたいものです。


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奈良県桜井市・長谷寺

へろんです。
桜の季節、「花の御寺」として知られる奈良県中央部の長谷寺へ行ってきました。
長谷寺縁起によれば、686年(朱鳥元年)道明上人によって創建され、727年(神亀4年)徳道上人が御本尊の十一面観世音菩薩像を造立したとのことです。

長谷寺仁王門
仁王門。現在の建物は1894年(明治27年)の再建で、重要文化財に指定されているそうです。

長谷寺登廊
仁王門をくぐると、399段の登廊(のぼりろう)が続きます。この日の午前中は雨が降っていましたが、屋根があるので助かります。

長谷寺特別拝観看板
御本尊の十一面観世音菩薩も拝観してきました。入り口で「結縁の五色線」を頂き、左腕にはめます。塗香を手にすり込んで、観音様の足元へ。看板の写真のように、ひざまずく形で大きな御足に触れ、「ご縁」を結びます。撮影はできませんので写真はありませんが、御身の丈三丈三尺(10メートル余)というご本尊は壮麗でした。現在の御像は1538年(天文7年)の作と伝えられるそうです。

長谷寺本堂外舞台
本堂外舞台。ここからの景色も素晴らしいですが、まだ雨が降り続いていて、けむっていました。

本堂外舞台より五重塔方向を望む
本堂外舞台から五重塔方向を望みます。

長谷寺大黒堂
大黒堂。「商売を繁盛させ、財宝を人々に授け、台所を守護し食物を満たすご利益がある」とのこと。

長谷寺五重塔
五重塔につく頃には雨もやみ、陽がさしてきました。1954年(昭和29年)、戦後日本に初めて建てられた五重塔で、「昭和の名塔」と呼ばれているそうです。

長谷寺休憩所付近の桜
休憩所付近の桜が見事に咲き誇っていました。

御朱印は4種類あるとのことで、そのうち2つを頂くことにしました。

長谷寺御朱印
奈良大和四寺巡礼の御朱印。「慈悲仏」と書かれています。御本尊の観音菩薩を示しているそうです。
調べていると、この御朱印を書いている様子の動画がありました。達筆ですね。

長谷寺御詠歌御朱印
もう一つは、御詠歌入りの御朱印を初めて頂きました。
西国三十三所の第八番札所の御詠歌で、「いくたびも まいる心は 初瀬寺 山も誓いも ふかき谷川」と書かれています。初瀬寺は長谷寺の古称です。
長谷寺略縁起によれば、花山法皇(第65代天皇;在位984~986、出家して「法皇」となる)が詠んだ一首だそうです。

左上には西国三十三所草創1300年記念特別印が押されています。
「西国三十三所草創1300年」HPによれば、「中山寺由来記」に「718年(養老2年)徳道上人が62歳のとき、閻魔大王に会い、巡礼によって人々を救うように託宣を受けるとともに起請文と三十三の宝印を授かり現世に戻され、この宝印に従って霊場を定めた」と記述されており、ここから2018年が西国三十三所草創1300年となるそうです。

長谷寺結縁の五色線と散華
観音様との結縁の証として頂く五色線と、御朱印と一緒に頂いた散華。

長谷寺の起き上り守
授与所で動物の起き上がりこぼしを頂きました。レシートを見ると「起き上り守」となっていたので、これも御守の一つのようです。


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富山県高岡市・射水神社

へろんです。
今頃ですが、今年(2017年)のGWは、しろと二人で富山県に旅行に行きました。
富山県に入って最初に向かったのは高岡古城公園。この公園は高岡市の市街地のほぼ中心部に位置し、1609年(慶長14年)に、加賀藩二代目藩主前田利長が築いた高岡城の城址を、明治より公園として開放したものだそうです。

この高岡古城公園の中に鎮座しているのが、射水(いみず)神社。
創建ははっきりしないながらも、日本書紀には674年に頒幣を賜った記述が見えるそうで、これを元に1975年(昭和50年)鎮座千三百年式年大祭が斎行されたそうです。元々は現在地より北の二上山麓に鎮座していましたが、1875年(明治8年)現在の地に遷座したそうです。
射水神社には「ふうたん」というキャラクターも設定されているそうです(^^)


射水神社一の鳥居
どっしりとした感じの一の鳥居。

射水神社手水舎
手水舎はとてもきれいで新しい感じで、後から調べると、射水神社のホームページに2015年に新手水舎完成との記事がありました。

射水神社鳥居
「北陸物語」の記事によると、この鳥居は2013年(平成25年)秋に伊勢神宮の遷宮に伴い、豊受大神宮板垣北御門鳥居が譲与されたものだそうです。

射水神社拝殿


射水神社絵馬


射水神社紅梅
御神木の紅梅。1875年(明治8年)の遷座を奉祝し、奉納されたものだそうです。

射水神社御朱印
頂いた御朱印。実は今回は御朱印帳を持っていなかったため、書き置きで頂きました。


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東京都港区・芝東照宮

へろんです。
熊野神社にお詣りした後、田町方向へ南下する途中で案内板に「芝東照宮」があるのを発見しました。東照宮といえばこれまでに広島東照宮仙台東照宮にもお詣りしてきましたので、まだ時間もあったので3つ目の東照宮にお詣りすることにしました。

芝東照宮
実はまだ梅の残っている季節でした。

日光東照宮、久能山東照宮、上野東照宮と並ぶ四大東照宮の一つだそうです。
増上寺の南側、芝公園に鎮座。当初、日比谷にあった増上寺境内に勘請されましたが、1598年(慶長3年)の江戸城拡張工事に伴い、現在地に移転したそうです。

芝東照宮鳥居
さすが大都会の只中ということでしょうか、鳥居の前も後も駐車場になってました。

芝東照宮手水舎
手水舎はこじんまりとした感じでした。

芝東照宮社殿
社殿は1945年(昭和20年)5月25日の東京大空襲により、熊野神社と同じく焼失。1969年(昭和44年)現在の社殿が再建されたそうです。

芝東照宮御朱印
頂いた御朱印。初穂料は500円でしたが、御朱印と一緒に「芝東照宮道中安寧守」というお守りを頂きました。裏には日光杉並木古材とあり、杉の良い香りがします。

芝東照宮道中安寧守


伊能忠敬測地遺功表
すぐそばの高台に登って見つけた「伊能忠敬測地遺功表」。
東京都公園協会のHPによると、伊能忠敬の測量の起点となったのが、芝公園近くの高輪の大木戸であった関係で、東京地学協会がその功績を顕彰して遺功表を建てたものだそうです。1889年(明治22年)に高さ8.58mの青銅製の角柱型のものが設置されましたが、戦災で失われたため、1965年(昭和40年)に現在のものが再建されました。
実は伊能忠敬の師であった天文学者、高橋至時(たかはしよしとき、1764~1804)を尊敬していますので、その弟子となった伊能忠敬についても興味を持っています。


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東京都港区・熊野神社

へろんです。
東京都港区の地図で「熊野神社」を見つけ、今年1月に和歌山の熊野三山にお詣りしていましたので、ご縁を感じて東京出張の折にお詣りしてきました。
東京タワーの近く、桜田通りに面して鎮座。通称として「飯倉熊野神社」とも呼ばれるそうです。

熊野神社鳥居
創建は養老年間(717~724年)または応永年間(1394~1428年)に和歌山の熊野三山を勧請したと伝えられるそうですが、1703年(元禄16年)に火事で記録が失われて、詳しくは分からないそうです。1945年(昭和20年)5月25日の東京大空襲でも焼失しており、1952年に再建されたそうです。

熊野神社手水舎
手水舎。近代的なデザインです。

熊野神社社殿
社殿。おみくじが自販機みたいなスタイルですね……?

提灯の八咫烏
提灯に描かれた八咫烏は何だか脚がたくましく見えます。

賽銭箱の八咫烏
お賽銭箱にも八咫烏。

熊野神社御朱印
そして御朱印にもしっかりと八咫烏が。シンプルで可愛らしいデザインです。

桜田通りからの東京タワー
お詣りの後、桜田通りをしばらく南下して振り返ると東京タワーがよく見えました。東京というと、スカイツリーよりもやっぱり東京タワーの方が馴染み深くて気に入ってます。


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