東京都港区・愛宕神社

へろんです。
港区の神社を調べていて見つけた、愛宕神社。「出世の石段」というのがあるそうなので、これは是非お詣りしなければ!ということでお詣りしてきました。

出世の石段

公式ホームページの愛宕神社トリビア「出世の石段のいわれ」によると、寛永11年(1634年)、三代将軍、徳川家光公が愛宕神社の下を通った際、愛宕山には梅が満開でした。そこで家光公は「誰か、馬にてあの梅を取って参れ!」と命じたそうです。
しかし愛宕山の石段は急勾配で皆が躊躇する中、四国丸亀藩の家臣、曲垣平九郎(まがき・へいくろう)が馬で石段を駆け上がり、見事、山上の梅を手折り、家光公に梅を献上しました。平九郎は家光公より「日本一の馬術の名人」と讃えられ、その名は一日にして全国にとどろいたそうです。この故事にちなみ、愛宕神社正面の坂(男坂)を「出世の石段」と呼ぶそうです。

出世の石段を上から振り返ってみます。
振り返ってみるとなかなかの急斜面です。
「こんな石段を馬が上れるわけがない。講談上の作り話だろう」とも言われるのですが、江戸以降にも馬で登り降りすることに成功した人が何人かいるそうです。

愛宕山三角点
出世の石段を登り切った右手には三角点が。
神社がある愛宕山は標高25.7メートル。天然の山としては東京23区内で一番高いそうです。江戸時代には見晴らしの名所としてにぎわい、東京湾や房総半島までを見渡すことができたそうです。

招き石
招き石。立てられていた札には「この石をなでて福を身につけて下さい」とありました。いわれなどは分かりませんが、何となく動物っぽく見えますね。

愛宕神社手水舎


愛宕神社朱門


愛宕神社拝殿


愛宕神社御朱印
頂いた御朱印。三月が「弥生」と書いてあるところも良いですね。

平九郎手折の梅樹
これが曲垣平九郎が出世の石段を駆け上がり取ってきた梅の木のようです。

平九郎の顔出しパネル
……にちなむ顔出しパネル。馬の顔もか(笑)

西郷・勝の顔出しパネル
勝海舟、西郷隆盛の顔出しパネルもありました。パネルの下には「江戸城無血開城会談の地」と書いてあります。
おお、あの歴史的な会談がここで! と思いましたが、実はこの後仕事で田町へ向かった時、JR田町駅近くで偶然こんな碑を発見しました。

西郷・勝会見の地の碑
この碑の説明によると、慶応4年(1868年)3月14日、ここにあった薩摩藩屋敷で勝・西郷会談が行われたそうです。では愛宕神社での「会談の地」というのは? と思いましたが、後で調べてみると、薩摩藩邸での会談前日、勝と西郷は愛宕山に登って江戸の町を見渡し、「この町を戦火に包んではいけない」と話したと言われているそうです。
階段で有名な地で会談したというわけですな(爆)



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