富山県・海王丸パーク

へろんです。
富山旅行編に戻ります(^^)

高岡古城公園を出て北東に向かい、射水(いみず)市の海王丸パークを訪問しました。こちらでは引退した帆船「海王丸」(初代)が現役当時の姿そのままに保存展示されています。

海王丸パーク

Wikipediaの海王丸 (初代)のページなどによると、海王丸は神戸の川崎造船所で建造され、1930年(昭和5年)1月27日に進水。戦前に造られたんですなあ。戦時中は石炭の輸送任務に従事し、戦後は海外在留邦人の復員船として、27,000人の引揚者を輸送したそうです。引退までの59年間に106万海里、およそ地球50周分の距離を航海しましたが、1974年(昭和49年)以降は老朽化が進んだため、遠洋航海の規模縮小を余儀なくされ、1989年(平成元年)9月16日に退役。

引退後の引取先として、日本各地の自治体が名乗りを上げ、最終的に残ったのが富山県と大阪市。協議によって5年ごとに交代で富山新港と大阪港で交互に係留することになったそうです。まず1990年(平成2年)より富山新港に係留され一般公開が始まりましたが、1994年(平成6年)になって大阪市は別の帆船を誘致することを決定し、海王丸は富山新港に恒久的に係留されることとなったのだそうです。

大阪市の別の帆船って……もしかして、この頃に就航したものの、2012年当時の橋下徹・大阪市長によって切り捨てられた帆船「あこがれ」のことではないだろうか……

そう思って調べていると、「いこまいけ高岡」の海王丸パークのページに「1994年に大阪市が練習帆船「あこがれ」を建造・所有したため、結果的に富山新港に永久係留展示となりました」とありました。「神戸帆船フェスティバル」でも紹介させて頂きましたように、「あこがれ」は大阪から神戸に売却されて、「みらいへ」となっています。

海王丸と新湊大橋
右側の橋は上層の車道部分が2012年(平成24年)、下層の自転車歩行者道が2013年(平成25年)に開通した、新湊大橋。日本海側最大の斜張橋(塔から斜めに張ったケーブルを橋桁に直接つないで支える構造の橋)で、黒部ダムを除けば富山県内の建築物の中で最も高い建物だそうです。

海王丸のバックに立山連峰
バックには壮麗な立山連峰がそびえています。冬にはもっとくっきり見えるそうで、そんな季節にぜひ見てみたいものです。

海王丸甲板
船内もゴールデンウイークで大勢の人がいました。

海王丸船長公室
船長公室。左奥に日本人形が飾られていますね。

海王丸帆走用舵輪
帆走用舵輪。通常は2名、時化で舵が重くなると4名で舵を回すそうです。

ナデジュダの模型
日本海交流センターには各国の帆船模型がたくさん展示されていました。写真はロシアの「ナデジュダ」。ロシアでは最新の帆船で、ウラジオストクを母港としているそうです。

戦艦大和の模型
帆船以外では唯一、旧日本海軍の戦艦「大和」の大きな模型も展示されていました。

ここを訪れたのは5月4日、実は翌5日には29枚ある帆をすべて広げる総帆展帆が実施されたのですが、旅程の関係で5日には行けませんでした。今度機会があれば、総帆展帆の時にぜひ訪れたいものです。

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手塚治虫展&今森光彦展

へろんです。
神戸ゆかりの美術館で8月31日まで開催の手塚治虫展に行ってきました。

神戸ゆかりの美術館
この、UFOか、あるいはUSSエンタープライズか!?(笑)と言ってしまいたくなる構造物のある建物に、神戸ゆかりの美術館があります。

手塚治虫展垂れ幕


記念撮影用セット
記念撮影用のセット。

鉄腕アトム


メガホンをとる手塚治虫先生


マンガ机とアニメ机の再現
撮影可のマンガ机(右)とアニメ机(左)の再現。

手塚治虫肖像パネル
手塚治虫先生のご尊顔のパネル。

マンガ机
マンガを描くときに座る、「マンガ机」。

マンガ机の机上
マンガ机の上にはブラックジャックの扉絵や鉄腕アトムの原稿が乗っていました。

アニメ机
アニメーション制作時に座る、「アニメ机(作画机)」。

アニメ机の机上
こちらも鉄腕アトムの絵コンテや設定資料のようですね。
机の上部にはガラス板がはめ込まれており、その下には蛍光灯が入っているそうです。この上に絵を乗せて、その上から新しい紙を乗せて下の絵を透かして見ることで、少し動かした次の画面を描いたのですね。

展示は数多くの作品の直筆原稿やアニメのセル画、絵コンテなどがあり、その他愛用のベレー帽やメガネ、1953年(昭和28年)交付の医師免許証の複製もありました。

手塚治虫は最後まであらゆることにチャレンジし続け、新しい世界を切り拓いてきたパイオニアであるという点で、私のもっとも尊敬する方です。
そんな偉人になぜ国民栄誉賞がなかったんだ!?ということで、昔HPにこんな文章を載せたこともありますが、今でもこうして展覧会が開かれ大勢の人が訪れているのを見ると、国民栄誉賞があろうがなかろうが、手塚治虫の残した偉業は今も色褪せることなく輝き続けていることを実感します。

神戸ゆかりの美術館の隣は、神戸ファッション美術館になっています。手塚治虫展に入る時、ふと横を見るとそちらでは特別展示「今森光彦 自然と暮らす切り紙の世界 -里山のアトリエで生まれる命たち-」をやっているではありませんか。

今森光彦特別展示垂れ幕
これも良いね、と手塚治虫展の後でこちらも見てきました。JAF割引で一人500円のところ、400円に♪

展示は色とりどりの様々な昆虫や鳥が切り紙で見事に表現されていました。紙を細かく切って作った甲虫の脚の毛や、何色もの色紙を重ねて表現された蝶や蛾の翅の色は本物そっくりでした。

今森光彦特別展示絵葉書
感動したカメレオンやカワセミの絵を含む絵葉書20枚セットを購入。

神戸のチョウ
エントランスでは須磨離宮チョウの会の協力による「森の宝石と神戸のチョウ」展が催されていました。神戸には日本に生息する蝶の約3分の1にあたる約82種が生息しており、そのほとんどが展示されていました。
手塚治虫と昆虫のつながりは深く、手塚治虫展でも1943年に描かれた昆虫標本の写生が展示されていました。その隣でこうした展示があると、続きを見ているようでしたね。

美術館すぐ近くのホテルプラザ神戸の中にある、カフェ マメールでお茶にしました。

ケークパシオン
パッションフルーツのムースが美味しい、ケークパシオン。しろと半分こして食べました♪

奈良県桜井市・長谷寺

へろんです。
桜の季節、「花の御寺」として知られる奈良県中央部の長谷寺へ行ってきました。
長谷寺縁起によれば、686年(朱鳥元年)道明上人によって創建され、727年(神亀4年)徳道上人が御本尊の十一面観世音菩薩像を造立したとのことです。

長谷寺仁王門
仁王門。現在の建物は1894年(明治27年)の再建で、重要文化財に指定されているそうです。

長谷寺登廊
仁王門をくぐると、399段の登廊(のぼりろう)が続きます。この日の午前中は雨が降っていましたが、屋根があるので助かります。

長谷寺特別拝観看板
御本尊の十一面観世音菩薩も拝観してきました。入り口で「結縁の五色線」を頂き、左腕にはめます。塗香を手にすり込んで、観音様の足元へ。看板の写真のように、ひざまずく形で大きな御足に触れ、「ご縁」を結びます。撮影はできませんので写真はありませんが、御身の丈三丈三尺(10メートル余)というご本尊は壮麗でした。現在の御像は1538年(天文7年)の作と伝えられるそうです。

長谷寺本堂外舞台
本堂外舞台。ここからの景色も素晴らしいですが、まだ雨が降り続いていて、けむっていました。

本堂外舞台より五重塔方向を望む
本堂外舞台から五重塔方向を望みます。

長谷寺大黒堂
大黒堂。「商売を繁盛させ、財宝を人々に授け、台所を守護し食物を満たすご利益がある」とのこと。

長谷寺五重塔
五重塔につく頃には雨もやみ、陽がさしてきました。1954年(昭和29年)、戦後日本に初めて建てられた五重塔で、「昭和の名塔」と呼ばれているそうです。

長谷寺休憩所付近の桜
休憩所付近の桜が見事に咲き誇っていました。

御朱印は4種類あるとのことで、そのうち2つを頂くことにしました。

長谷寺御朱印
奈良大和四寺巡礼の御朱印。「慈悲仏」と書かれています。御本尊の観音菩薩を示しているそうです。
調べていると、この御朱印を書いている様子の動画がありました。達筆ですね。

長谷寺御詠歌御朱印
もう一つは、御詠歌入りの御朱印を初めて頂きました。
西国三十三所の第八番札所の御詠歌で、「いくたびも まいる心は 初瀬寺 山も誓いも ふかき谷川」と書かれています。初瀬寺は長谷寺の古称です。
長谷寺略縁起によれば、花山法皇(第65代天皇;在位984~986、出家して「法皇」となる)が詠んだ一首だそうです。

左上には西国三十三所草創1300年記念特別印が押されています。
「西国三十三所草創1300年」HPによれば、「中山寺由来記」に「718年(養老2年)徳道上人が62歳のとき、閻魔大王に会い、巡礼によって人々を救うように託宣を受けるとともに起請文と三十三の宝印を授かり現世に戻され、この宝印に従って霊場を定めた」と記述されており、ここから2018年が西国三十三所草創1300年となるそうです。

長谷寺結縁の五色線と散華
観音様との結縁の証として頂く五色線と、御朱印と一緒に頂いた散華。

長谷寺の起き上り守
授与所で動物の起き上がりこぼしを頂きました。レシートを見ると「起き上り守」となっていたので、これも御守の一つのようです。


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映画「メッセージ」感想 - その2

へろんです。
「メッセージ」感想その1を6月にアップしてから間が空いてしまいましたが、一部を除いて公開もほぼ終了してるようですので、続きをアップしたいと思います。ネタバレもありますので、ご了承の上お読みいただければ幸いです。

       *       *       *

世界各地に出現した異星人(ヘプタポッド)に対し、中国人民解放軍のシャン上将は宣戦布告することを宣言します。アメリカでは女性言語学者ルイーズ・バンクス達が異星人とのコンタクトを続けてきましたが、戦争の危機を前に、アメリカも撤収を決めます。コンタクトを続けようとするルイーズに対し、CIAのハルパーン捜査官はコンタクトの継続を諦めることを強制してきます。

その頃ルイーズは、時間の概念がまったく異なり、過去も未来も同時に存在しているという世界観を持つヘプタポッドの言語を習得することにより、未来の光景が垣間見えるようになっていました。
何とか中国の開戦を阻止したいと苦悩するルイーズの心中に、未来の光景が現れます。

それは今から1年半後、ヘプタポッドの言語を研究した本の出版記念パーティのようでした。そこには中国や日本も含め、各国の国旗も掲揚されています。
そして出席者の一人として、中国人民解放軍のシャン上将がやってきます。
シャン上将はルイーズに語りかけます。「1年半前、あなたが私に電話をかけてきたことに驚かされた」。それによって私は攻撃回避を決断したのだ、と。
「でもあなたの電話番号を存じ上げませんわ」
するとシャン上将はほほ笑み、自分の携帯を取り出して電話番号を表示させます。「ほら、今知った」と。

電話番号を知った現在のルイーズは、ハルパーン捜査官の携帯電話を使ってシャン上将に電話しようとします。しかし、ルイーズはシャン上将に何と言ったのか? 何と言えば戦争の危機を回避できるのか?

必死で凝視する未来の光景の中で、シャン上将がルイーズの耳元にささやきます。あなたはこう言った。それは私の妻が死の間際に残した言葉と同じだったのだ。

そこまで見た現在のルイーズは、未来の光景で見た番号に電話をかけ、そして聞いた言葉を伝えます。
そこへなだれ込んでくるハルパーン捜査官。ルイーズが使った電話を取り上げ、彼女の努力もここまでか、となりますが……

間もなく - 中国が戦争回避を決断したことが伝えられます。そして通信回線を切断していた各国は再び回線をつなぎ、それぞれ各国がバラバラに探究していた情報が集まり、つながり始め、事態は良好な方向へ。

やがて……世界12ヶ所に出現していたヘプタポッドの宇宙船は、上昇を開始し、消えていきます。まるで地球人がまとまったことを見届けたかのように。
ヘプタポッドがルイーズに語ったことの一つに、彼らが地球にやってきた目的の一つは、3000年後には地球人の助けが必要になるから、というものがありました。だからこそ現代の地球人を助けるために「武器」(=ヘプタポッドの言語)を伝えたのでしょう。これにより地球人がまとまることができるように。
3000年後にはヘプタポッドとのいかなる再会が待っているのでしょうか。

       *       *       *

さて……上記のようにルイーズは未来の自分を見ることで戦争の危機を回避したわけですが、少々不思議なことがあります。未来のルイーズが現在の自分の延長線上の自分自身であるならば、未来の自分はすでにシャン上将の電話番号を知っているはずです。しかし未来の自分は知らず、教えてもらって初めて知ったように描かれていました。
とすれば……未来の自分が知らないことを現在の自分が知る、という「因果律(まず原因があって、それにより結果がある)の崩壊」が起こっているわけですよね。
未来の自分が知らないのではなく、知っているがもう一度確認した、みたいな描き方だったら因果律は崩壊しなかったのでしょうが……(例えば、未来のルイーズが「あれからも番号は変わっていませんか?」と問い、シャン上将はほほ笑んで「もちろん変わっていませんよ、ほら」と携帯を示す……私だったらそんなやり取りを描くだろうな)。
あるいは……ヘプタポッドにとって時間は直線的な流れではなく、過去も未来も同時に存在しているという世界観を有しています。その言語を学んだルイーズにとってもすでに、過去も未来も同時に存在しているようなものであり、原因→結果という因果律はすでに無意味なものになっている、ということなのかも知れませんね。
ルイーズに電話番号を教え、その時の言葉を伝えたシャン上将も、実はヘプタポッドの言葉を習得していて、自分が教える行為が過去の危機を救ったということを理解した上でルイーズに伝えたのかもしれません。「ほら、今知った」という微笑みは、そうしたことを示唆していたのかもしれませんね。

ところでパンフレットには、世界各地に出現したヘプタポッドの宇宙船のイラストが掲載されています。北海道に現れたという光景がこれ。

函館市街上空のヘプタポッド宇宙船
この地形からすると……これって函館じゃありませんか!

函館市街上空のヘプタポッド宇宙船
しかも函館市豊川町のあたりではないかと。こんな都市のど真ん中に、しかもこんな低空に出現したとは!!

そして、ラスト付近でヘプタポッドの宇宙船が消えていくシーンの一つがこちら。

日本上空から消えゆくヘプタポッド宇宙船
※予告編より拝借しました。予告編では「正体不明の物体が世界各地に出現」というナレーションとともにこの場面が使われていましたが、映画ではヘプタポッドの宇宙船が消えていくシーンとして使われていました。

これは……東京ではありませんか!! 画面左手前に見える白っぽいビルはよく見ると裾広がりになっており、どう見ても新宿ビル群の一つ、損保ジャパン日本興亜本社ビルに見えます。函館とちゃうやん! 日本では北海道ではなく新宿上空に出現していたのか!? いえいえ、映画の中ではちゃんと「北海道」て言ってました。
……もしかして外国の方にとっては北海道と東京ってほんのすぐ隣だと思われてるんですかね??

富山県・高岡古城公園自然資料館

へろんです。
高岡古城公園動物園を入ってすぐ右側にある建物の左半分が公園管理事務所、右半分が自然資料館になっています。動物園と同様、ここも無料です。

高岡古城公園自然資料館入り口

高岡古城公園公式ウェブサイトによれば、鳥、獣、魚、貝類などの標本が843点展示されています。剥製として展示されている動物の多くは、かつてここの動物園で飼育されていたものだそうです。

高岡古城公園自然資料館の小鳥の剥製


高岡古城公園自然資料館の水辺の鳥の剥製
鳥の剥製がいっぱい。

高岡古城公園自然資料館の哺乳類の剥製
哺乳類もいろいろいました。

高岡市の化石
高岡市内で採取された化石のようですね。二枚貝は第三紀(6430万年前~260万年前)のクロサワホタテ Patinopecten kurosawaensis だそうです。

木々の年輪と木の実
いろんな木々の年輪と木の実もいっぱい。

ライオン「バビッタ」
1967年(昭和42年)2月、富山県の西側にある伏木港に入港したソ連(当時)船のノーマンドブカル船長から寄贈され、フランスの女優ブリジット・バルドーの愛称である「バビッタ」と名付けられたライオン(雌)の剥製です。1979年(昭和54年)11月に死亡するまでの12年9ヶ月間、ここで飼育されていたそうです。

センザンコウ
センザンコウ。今でこそ哺乳類であると誰でも知っていますが、昔はうろこの存在からどう分類すべきか科学者を悩ませたのだとか。インドでは「ジャングルの魚」とか古代ローマでは「地上のワニ」と呼ばれたそうです。

こじんまりとした博物館で、ネットで調べてみても「動物園」はたくさん紹介されているものの、この「自然資料館」はあまりひっかかってこなかったですね。でもこういう小さな博物館こそもっと注目されてほしいですね。


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富山県・高岡古城公園動物園

へろんです。
富山県高岡市の高岡古城公園の中にある、こじんまりとした動物園。入園料はなんと無料♪
1951年(昭和26年)、現在の市民体育館がある場所に開園。1960年(昭和35年)に移転し、獣舎・園地の全面改修を行って1981年(昭和56年)に新装開園したのうだそうです。

高岡古城公園動物園入り口

後から知ったのですが、ここの動物園、動物そのものよりも説明文がずいぶんとユニークなことで、一部で話題となっているらしい……。

高岡古城公園動物園のフラミンゴ


チリーフラミンゴのちょっと遊んだ解説
「違うのよ~。」って……。行った時は説明文がユニークだとは知らなかったけど、確かにこれを見て「ん?」と思いました。

ケープハイラックスの解説
隣にはモルモットにも似たイワダヌキ目のケープハイラックスが……いたんだけど、ガラスの反射でまるっきり撮れない(泣)
やむをえず解説文をば。実物はとても可愛らしいかったですが、このイラストもなかなかです。

高岡古城公園動物園のアフリカタテガミヤマアラシ
アフリカタテガミヤマアラシ Hystrix cristata
アフリカの地中海沿岸からザイール北部、タンザニアにかけて分布。

ヤマアラシの恐ろしい針の解説
アルミ缶をぶち抜くような針の持ち主が、後ろを向いて突進してきますって……そら怖い。

ムジナのちょっと遊んだ解説
食べてうまいかどうかって……動物園でこういう解説は初めて見た。
タイトルの「普通動物むじな☆ムジナ」って「魔法少女まどか☆マギカ」のパロディじゃないかという説もありました。元ネタを知らないのですが、見た時なんでわざわざ「普通動物」ってついてるのか、「むじな」を2回繰り返してるのか、不思議だったんですよね……。

高岡古城公園動物園のカピバラ
Wikipediaによれば、2013年にはカピバラの飼育を11年ぶりに復帰させたのうだそうです。過去には1984年から2001年まで飼育していたのだとか。

カピバラのちょっと遊んだ解説
千葉県の市川市動植物園から来たチョビと、その子供で2013年生まれのニコ。父子で仲が悪いらしい……。

鳥インフルエンザ予防のため見えません


高岡古城公園動物園のワライカワセミ
確かに見にくい……。中にいるのはオーストラリアのワライカワセミなのですが、どうしても細かい網の方にピントが合ってしまって、いまいちですね。鳥インフルエンザ予防のためとのことで仕方ないとはいえ、残念。

高岡古城公園動物園のフンボルトペンギン
フンボルトペンギン Spheniscus humboldti
みんな寝てるか日影に入ってます。暑いのかな、と思いましたが、南極にいる「極地性」に対してフンボルトペンギンは「非極地性」のため夏でも冷房する必要がないのだとか……という、いたって真面目な解説もちゃんとあります(笑)

高岡古城公園動物園の絵筆塔
出入り口付近にある「絵筆塔」。1989年(平成元年)に建てられたもので、154名の漫画家によるカッパ絵のレリーフがぐるりと貼りつけられています。その中には私のもっとも尊敬する手塚治虫先生の絵もあると後から知り、よく見ておくんだった……!! と悔しがったのですが……

鉄腕アトムを発見!
撮った写真を拡大してみると、なんと鉄腕アトムの絵がありました!!


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