京都市左京区・満足稲荷神社

へろんです。
京都の「みやこめっせ」は昔よくイベントで行きましたので、その途中に神社があることも気付いていました。御朱印を集めるようになってこれが「満足稲荷神社」という社名であることを知り、京都を訪れた際にお詣りしてきました。

満足稲荷神社鳥居

豊臣秀吉が文禄の役(1592年)の戦勝を稲荷大神に祈願したところ、霊験が著しかったため、伏見稲荷神社の祭神を伏見城の守護神として城内に勧請したのが始まりと伝えられています。社名の満足の二字は、秀吉が祭神の加護にすこぶる「満足」したことに由来するのだとか。

満足稲荷神社境内の看板
境内の看板には「太閤秀吉さんが出世を祈願されかなえられたことから満足稲荷と命名される」ともありました。

満足稲荷神社の手水舎


満足稲荷神社の舞台と拝殿
舞台があり、その向こうが拝殿です。

満足稲荷神社のご神木
ご神木のもちの木(クロガネモチ)。1本の大幹から8本に枝分かれした特徴ある姿をしています。伝承によると樹齢は400年だとか。2005年(平成17年)3月に京都市指定保存樹に指定されています。京阪神沿線の百銘木の一つに数えられているそうです。

満足稲荷神社の「岩神さん」
ご神木の手前にある「岩神さん」。岩神さんをさすり頭をなでると頭が良くなり、痛いところや悪いところをさすると治ると伝えられているそうです。しっかりさすらせて頂きました(^^)

満足稲荷神社の社務所


満足稲荷神社のきつねおみくじ
お稲荷さんらしく、きつねおみくじもありました。

満足稲荷神社御朱印
頂いた御朱印。

満足稲荷神社ご神木の御朱印
ご神木のもちの木が描かれた書き置きの御朱印もありましたので、こちらも頂きました。


「満足」という個人の感想が名前となったという点でとても珍しい神社ですね。不思議な形のご神木や「岩神さん」も霊験ありそうです。太閤さんを満足させたというご利益にあやかりたいものですね。


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選挙と「泣き婆伝説」

へろんです。
衆議院選挙の投票日が近づいています。
当初はさんざん持ち上げられた希望の党は各種調査によると予想以上に大失速、与党優勢が報じられています。これでは与党との連立もあるんじゃないかと危惧されます。こちらの記事では否定していますけど……。
この中で与党優勢について「ひとえに野党が分散していることも手伝っていると思う」とおっしゃってますが……誰がかち割ったんですか。与党に対しては全野党が束にならないといけないぐらいなのに、選別を振りかざして「踏み絵」を踏ませたのは。こんな姿勢も失速の一因になったのは確かだと思います。

与党は選挙で勝利したらこう言うでしょう。

 森友・加計問題? 問題なーし!

 消費税増税? オッケー!

 原発推進? ゴー!

 憲法改正? ゴー!!

 だって選挙で国民の信任を得たんだもーん!!

これらのことに対してオッケーだったら良いのですが、一つでも反対したいものがあったら投票に行くべきなんでしょうね。棄権はこれらのことにオッケーしたのと同じことになるのでしょうから。
週末は台風が近づいて秋雨前線を刺激して大雨の可能性もあるのだとか……でも今は期日前投票もありますし。今回の選挙、期日前投票は増えているそうですね。

さて、選挙になるといつも思い出すのは、梶尾真治先生の「泣き婆伝説」。
「泣き婆伝説」表紙

ひょんなことから高校の後輩にあたる八咬またよしの選挙応援をすることになってしまった主人公、加塩貧二。八咬またよしはどう見ても泡沫候補でしかなかったけど、選挙活動で少しずつ有権者の反応も良くなっていきます。しかし、永年選挙に携わる人々の間には「泣き婆伝説」が言い伝えられていました。選挙中に泣きながら握手を求めてくる老婆、すなわち「泣き婆」に出会うと、必ず落選するというのです。そして選挙終盤、伝説を上回る大勢の泣き婆が出現し……。

この作品、主人公の「加塩貧二」は作者「梶尾真治」とだぶりますし、1992年夏の参議院選挙の、熊本の選挙区をモデルとしているらしいです。
作中、応援演説で加塩貧二はマイクを手に訴えます。

「日本にもかつて過去には素晴らしい政治家が生まれています。でも今や、選挙制度はもとより、政治家の世襲、金のばらまき、組織に乗った代表、タレントでなけれな政治家になれないように政治の世界は淀みきって、自浄化能力はまったくありません」
「彼の行動を有権者が認めて頂ければ、全国で第二、第三の八咬またよしが立ち上がるきっかけになるのではないでしょうか。最初は小さな雨粒が、小川になり、大河に変わって、必ず政治の流れを変えることができると信じています」


それにしてもこの作品で感じるのは、「金のかからない選挙に挑戦!」と謳った八咬またよし陣営でさえ、庶民はそうそう出せないほどのお金がかかること。現実の選挙ではもっともっと多額のお金がかかっているのでしょう。いったい選挙に出ている人々は、どうやってお金を工面しているのでしょうか。

消費税が上がったぐらいでは大して痛くもないお金持ちばかりなんでしょうか。

それともお金を工面する過程で嫌でもいろんな「しがらみ」に囚われていくのでしょうか。

そんな現状を少しでも変えようと思ったら、やはり投票に行くしかないのでしょうね(棄権は当選した人に投票したのと同じことですから)。
「最初は小さな雨粒が、小川になり、大河に変わって、必ず政治の流れを変えることができると信じています」と、私も信じたいものです。

訃報 - 池田動物園の「ヒロくん」

5月にこのブログでも紹介しました、岡山県の池田動物園で飼育されていた国内最高齢のトラ、ヒロくんが2017年10月13日に亡くなったそうです。
1993年生まれの24歳、人間でいうと100歳を超えていたそうです。大往生とは思いますが、寂しいものですね。

池田動物園の国内最高齢のトラ
在りし日のヒロくん。2017年3月18日撮影。

これで池田動物園にはトラがいなくなったそうです。動物園が新たに動物を入手することは年々厳しくなっているといわれています。経営状態が厳しいと伝えられていることもあり、ちょっと心配ですね。


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映画「デイ・アフター・トゥモロー」再見感想

へろんです。
2004年公開のアメリカ映画「デイ・アフター・トゥモロー」は、当時友人と映画館で観て、ホームページにもこんな文章をアップしました。あらすじや当時の主だった感想などこちらに載せておりますので、あわせてご覧いただければ幸いです。
2017年10月13日、読売テレビの金曜ロードショーでこの映画が放送され、もう一度見ることができました。

「デイ・アフター・トゥモロー」パンフレット(2004)
2004年公開当時のパンフレット。

もう一度見られるということで楽しみにしていた一つは、まるで中華街のような東京のシーン。……あれ? ない!? 見逃したのかなあ。それとも削られたのかなあ……。

この映画では、温暖化によって極地などの氷が融解し、淡水が大量に流れ込むことにより、海水の塩分濃度が低下して海流が停止、海流によって運ばれていた熱が運ばれなくなり、寒冷化が進行するという環境破壊の危機を描いています。
作中では危機を訴える主人公に対し、アメリカ副大統領がまともに取り合わず、対策が遅れていく様子が何度も描かれています。

「ですが一刻を争うんです。地球の気候が急激に変わろうとしている。今後6週間から8週間の間に」
「そういうのが起きるのは100年後という話だったろう」
「間違いでした」
「今回が間違いだ」

現実にも温暖化をはじめいろんな場面で、こうしたやり取りが繰り返されているのでしょう。
そうこうしているうちにヘリコプターの燃料も凍るほどの寒冷化(ちなみに作中で燃料はマイナス101℃で凍結すると説明されていました)が北半球を襲い、アメリカ人は難民と化して、メキシコへ「不法入国」の形で逃げ出していきます。昔の文章でも、この映画はアメリカ版「日本沈没」ではないか、と書きましたが、改めて見てもこの辺りはよく描いてくれたなあ、と思います。
ラスト、危機を甘く見ていた副大統領は、大統領として(途中で大統領は暴風雨に遭遇して亡くなったため)メキシコの大使館から演説を行います。

「この数週間、私たちは自然の容赦ない破壊力を前に、己の傲慢さを思い知らされました。長きにわたり、地球には限りなく資源がある、いくらでも好きに使えばいいと考えて生きてきました。そのような私たちは、間違っていた。私もです。隣国の大使館から、こうして最初の挨拶をしていること自体、新たな現実を迎えた証です。
今アメリカ人、そして世界中の大勢の人たちが、途上国と呼ばれた国々に世話になっています。助けを求める私たちを、彼らは迎え入れてくれた。温かいもてなしの気持ちに、深く感謝します」

やっぱりこの辺りは「日本沈没」を彷彿とさせます。
こうした場面は、パリ協定からの離脱を宣言した現大統領にも見てほしいんだけどなあ……。

それにしても当時も思ったけど、アメリカ人はメキシコに逃げることができても、日本人はどこへも逃げようがないなあ、とぞっとします。
デイ・アフター・トゥモロー」ポスター東京バージョン(2004)
2004年公開時のポスターの一つ。映画は当然アメリカをメインに描いていますが、一国だけにとどまるものではなく全世界に及ぶものだということを訴えるため、ロンドンやパリのバージョンも作られたそうです。

ヘリの燃料も凍るほどの極低温がそのまま居座ってしまったら、もう人類滅亡やなあ、と思いますが、最後には少しマシになって(それでもかつての氷河期ぐらい?)気候変動は落ち着きます。南半球が助かる程度でまだ良かった。
なにしろ地球の歴史上、赤道付近も含め、完全に氷床や海氷に覆われた全球凍結といわれる状態があったとも言われているのですから。

それにしても、改めて調べてみても温暖化や海流停止の可能性については、反対意見もあったり議論が続いているようです。本当はどうなるのか、それは誰にも分からないことなのでしょう。どちらか分からないのであれば、ならばこそ、悪い方の可能性にも目を閉じることなく向き合っていかねばならないのでしょう。そのためにも、こうしたSFの王道を描いた作品がもっと注目されてほしいものです。

奈良県桜井市・安倍文殊院

へろんです。
日本三文殊の一つ、奈良県の安倍文殊院を桜の季節に訪れました。

安倍文殊院の桜
645年、大化の改新の時に左大臣として登用された安倍倉梯麻呂(あべのくらはしまろ)により建立された、日本最古に属する寺院といわれています。安倍氏一族の氏寺といわれ、安倍氏と関わりがあるとされる安倍晋三氏が2010年(平成22年)に「第90代内閣総理大臣 安倍晋三」名義で石塔を寄進しているそうです。
京都府宮津市の切戸文殊(智恩寺)、山形県高畠町の亀岡文殊(大聖寺)とともに、日本三文殊に数えられています。

安倍文殊院本堂
本堂は1665年(寛文5年)に建立。

参拝はお抹茶・お菓子付き。
本堂の参拝はお抹茶・お菓子付きです。落雁には陰陽道の五芒星が。

本堂に安置されている御本尊は、1203年(建仁3年)に鎌倉時代を代表する仏師、快慶によって造立された文殊菩薩。獅子に乗り4体の脇侍が随侍する渡海文殊菩薩群像は、2013年に国宝に指定されています。
残念ながら撮影禁止でしたが、日本最大といわれる、獅子と光背を含めて高さ7メートルもある御姿は迫力あるものでした。

安倍文殊堂御朱印
御朱印は3種類あり、御本尊の文殊菩薩の御朱印を頂きました。

葛の葉稲荷


葛の葉稲荷
稲荷大明神(葛の葉稲荷)。
平安時代の大陰陽師、安倍晴明(921~1005)がこの地で生まれたと伝えられることに因み(出生については摂津国阿倍野(現・大阪市阿倍野区)とも)、晴明の母親と伝承される白狐・信太森葛葉稲荷大明神をお祀りしています。財運・金運・悪気払いのご利益とともに家運隆昌・商売繁盛のご利益が厚いそうです。

金閣浮御堂
金閣浮御堂。
1985年(昭和60年)に建立された、文殊池の中に建つ金色の六角堂。安倍仲麻呂像、安倍晴明像などを祀っています。

金閣浮御堂
高台にある葛の葉稲荷から見ると、桜に埋もれているようにも見えます。

表山門
表山門。
本来の表門はこちらですが、駐車場から入るとここは通りません。実際、車による参拝者の増加に伴い、ここから入山する人は少ないそうです。

合格門
合格門。
松を使用して作成されており、一足先に合格門をくぐり合格を「まつ」のだとか。

安倍晴明 天文観測の地


安倍晴明 天文観測の地
この展望台で安倍晴明が天文観測を行い、吉凶を占ったと古来より伝承されているそうです。

安倍晴明堂
安倍晴明堂。2004年(平成16年)、晴明公一千回忌を迎えるにあたり、200年ぶりに再建されたそうです。

如意宝珠
如意宝珠。安倍晴明堂の正面に据えられており、この球を手で撫でると魔除け方位除けの大きなご加護が受けられるそうです。

干支ジャンボ花絵
干支ジャンボ花絵。2017年酉年にちなみ、鶏をかたどっています。パンジーの花を約8000株使って作成されたもので、毎年12月から翌年4月まで見られます。この花絵を年賀状に使う人も多いのだとか。

ウォーナー博士報恩供養塔
ウォーナー博士の報恩供養塔。1881年アメリカ生まれの東洋芸術史家で、日本美術の権威だったそうです。第二次大戦中、アメリカ上層部に京都や奈良の文化的価値を説いたおかげで、日本本土空襲の空爆リストから外されたのだとか。この功績に感動した桜井市の一市民、中川伊太郎氏が1959年(昭和34年)に建立されたそうです。こういうお話はもっと知られてほしいものですね。

この他に古墳もあったり、安倍晴明やウォーナー博士など、逸話や見所も多い場所でした。他の季節にも訪れてみたいものです。


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クレマ・カタラーナと富山市ガラス美術館

しろです。
富山駅近くの「ブルチャート」、クレマ・カタラーナ(イタリア語、フランス語ではクレーム・ブリュレ)の専門店です。

クレマ・カタラーナ専門店「ブルチャート」


「ブルチャート」のクレマ・カタラーナ

抹茶やお米を使ったのもあり、富山を感じられます。表面を焦がすのに高い温度が必要だから、家では怖くて作れないんです。外で見つけるとついつい食べてしまいます。こんなにいろんなバリエーションあるんだ! と感激しました。見た目もきれい。もちろんおいしい。


その後、今回の富山旅行最後に向かったのは富山市ガラス美術館。2015年にオープンした新しい施設です。

富山市ガラス美術館の見事な吹き抜け
ここは中の造りで無数の木材があり、見上げると圧巻。素晴らしい建築です。この2Fから最上階の6Fまで続く、斜めらせん形の吹き抜けは日本を代表する建築家・隈研吾(くまけんご)氏の設計によるもので、富山県産の木材を用いた角度の違う羽板が使用されているそうです。

常設展のうち、6階の「グラス・アート・ガーデン」は撮影可でした。現代ガラス作家のデイル・チフーリ(Dale Chihuly)氏による作品が展示されていました。

デイル・チフーリ《シャンデリア》
デイル・チフーリ《シャンデリア》。

デイル・チフーリ《トヤマ・リーズ》
デイル・チフーリ《トヤマ・リーズ》。
氷柱みたい。へろんは「地獄の針山みたい」と言ってましたが。

デイル・チフーリ《トヤマ・ペルシャン・シーリング》
デイル・チフーリ《トヤマ・ペルシャン・シーリング》。

デイル・チフーリ《トヤマ・フロート・ボート》
デイル・チフーリ《トヤマ・フロート・ボート》。
船に大きな円球があり、ヨーヨーがたくさんあるようなイメージでした。

デイル・チフーリ《トヤマ・ミルフィオリ》
デイル・チフーリ《トヤマ・ミルフィオリ》。
イタリア語の Millefiori は直訳すると「千の花」になるそうです。へろんは星野之宣「ベムハンターソード」の「生物祭」のシーンを連想するそうですが、分かる人いないだろうな・・・

デイル・チフーリ《トヤマ・ミルフィオリ》

写真も自由に撮れるし、有難い。ここのおかげで富山の印象がきれいで洗練されていると大幅UPしました。階毎に展示されているものがあり、室内もデザイン力が高いです。
お土産もガラス工芸品がたくさんあり、少しずつ模様が違うんですよね。手作りの細かさ、温かさを感じました。


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