和歌山県和歌山市・刺田比古神社

へろんです。
2018年の正月休みは、昨年と同様二人で和歌山県へ行ってまいりました。
和歌山市の神社を調べていて見つけたのが、刺田比古神社(さすたひこじんじゃ)。和歌山城の南に鎮座し、八代将軍にまで登り詰めた徳川吉宗公ゆかりの神社で、出世開運のご利益があるとのことで、これはぜひ、とお詣りしてきました。

刺田比古神社鳥居
由緒自体は、数々の兵乱により古文書等を焼失しており不明な部分が多いものの、927年(延長5年)成立の延喜式神名帳にはすでに記載があるそうです。

刺田比古神社神馬像
鳥居をくぐってまもなく右側に現れる、神馬像。徳川吉宗公が八代将軍に就任する際、黄金装飾の太刀と幼少からの愛馬を寄進。この白馬が天寿を全うした時、神主がその面影を木像に刻んだそうです。戦災で社殿や宝物を失った時もこの神馬だけは焼失せず残ったのだとか。今の像は1996年(平成8年)に修復されたものだそうです。徳川吉宗公の白馬といえば……往年の時代劇「暴れん坊将軍」も白馬に乗ってましたよね?(^^;)

刺田比古神社手水舎


刺田比古神社戌年大絵馬
戌年の大絵馬。親子で可愛いです。

刺田比古神社拝殿
落ち着いた感じの拝殿でした。

刺田比古神社御朱印
頂いた御朱印。「迎春」の文字が嬉しいですね。

弁財天社御朱印
近くの岡公園にある弁財天社の御朱印も頂けるとのことで、こちらも頂きました。

徳川吉宗公の書
御朱印を頂いた後、神職の方と少しばかりお話をさせて頂きましたが、その時に教えて頂いたのが社務所の壁に掲げられた書。なんと徳川吉宗公の書だそうです。

「元気の矢」と鉛筆
御朱印と一緒に「なおく正しくすこやかに 刺田比古神社(岡の宮)」と記された鉛筆を頂きました。鉛筆は削っていって使うものなので使うのはちょっと躊躇しますが、受験生などには良いかもしれませんね。また、妻が気に入った「元気の矢」という御守も頂くことに。ちなみに妻が引いたおみくじは「中吉」でした。

住宅街の中にあってすごく賑わっているという感じではありませんでしたが、落ち着いた雰囲気が漂っていました。一方で2017年夏にはコスプレイベントも開催されていたようで、新しいものにも積極的なようですね。


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京都府長岡京市・長岡天満宮

へろんです。
楊谷寺にお参りした時、長岡天満宮も紅葉が見頃との情報を見かけ、カーナビで調べたところすぐに行けると分かり、向かうことにしました。

車を駐車場に止め、さてどこからお詣りしたものか、とうろうろすると、突如開けた紅葉の庭園。

長岡天満宮の紅葉庭園「錦景苑」
2007年(平成19年)に完成した紅葉庭園「錦景苑」です。約100本ものモミジが植えられているのだとか。

長岡天満宮の紅葉庭園「錦景苑」


長岡天満宮の紅葉庭園「錦景苑」

長岡天満宮は、菅原道真公が太宰府へ左遷された時、この地に立ち寄られて「我が魂長くこの地にとどまるべし」と名残を惜しまれた縁故によって、公御自作の木像をお祀りしたのが創立だそうです。

長岡天満宮手水舎


長岡天満宮社殿
七五三の季節で、子供連れの参拝客でいっぱいでした。

長岡天満宮社務所


長岡天満宮の牛の像
菅原道真公には牛にまつわる逸話が多く、全国の天満宮には牛の像が数多く奉納されているそうです。

長岡稲荷大明神
長岡天満宮末社の長岡稲荷大明神。

長岡稲荷大明神
左右にはキツネの像がいっぱい。

長岡天満宮御朱印
御朱印にも縁の深い牛と社紋の梅が押されています。

長岡天満宮は4月末に咲くキリシマツツジの名所としても有名で、樹齢は百数十年、長岡京市の天然記念物にも指定されているそうです。この季節にもまたお詣りに来ないとですね。


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京都府長岡京市・柳谷観音 楊谷寺

へろんです。
2017年秋に見た紅葉の中でも、特に見事だった場所を紹介したいと思います。
11月のある日、ラジオを聞いているとふと「押し花朱印」「ヨウコクジ」という言葉が耳に飛び込んできました。そこでインターネットで調べてみると、京都の長岡京市にある楊谷寺というお寺で、季節限定のもみじの押し花御朱印が授与されているというではありませんか。そこで11月23日にお参りしてきました。

楊谷寺山門
806年(大同元年)、清水寺の開祖延鎮が開山したとされています。眼病平癒の祈願所として、平安時代より天皇家公家を初めとする眼病に悩む人々に信仰されてきたそうです。

楊谷寺手水舎


楊谷寺本殿


浄土苑の紅葉
京都府指定名勝庭園「浄土苑」の紅葉。ちょうど見事に色づいていました。浄土苑は江戸時代中期の作だそうです。

池に映る紅葉
浄土苑の池にはもみじが浮かび、色づいた樹が映っていました。

浄土苑を見下ろす位置には「上書院」があります。明治時代後期の建物で、天皇家・公家など重要な客人をお通しする茶室として使われていたそうです。映画「日本のいちばん長い日」のロケ地として使用されたことをきっかけに、2015年5月から一般公開するようになりました。

上書院一階から見た紅葉
上書院一階から見た紅葉。

上書院二階からの「名勝庭園」
上書院には二階があり、そこから見る庭園の紅葉は額縁に収められたようで、見事の一言に尽きます。
上書院に上がるには入山料とは別に500円かかりますが、その価値はあると思います。上書院は毎月17日と11月11日から12月3日までの限定公開です(2017年)。

楊谷寺の水琴窟
「心琴窟」と名付けられた水琴窟。視覚が不自由な方々にも「音」で庭園の雰囲気を感じられるよう設置したものだそうです。

楊谷寺奥の院
奥之院には上書院の横から渡り廊下を伝って行くことができます。

押し花朱印の作り方
押し花朱印つくりの体験ができる日もあるそうです。この日は団体さんの予約が入っているとのことで、庫裡のホワイトボードに作り方が書かれていました。

楊谷寺の紅葉


楊谷寺の紅葉


楊谷寺の紅葉


楊谷寺の紅葉


モリアオガエル生息地
奥之院裏手の池には「モリアオガエル生息地」の看板が。

モリアオガエル生息地
この小さな池に棲息しているのでしょうか?

押し花朱印の看板

楊谷寺御朱印
頂いた御朱印。通年通して頂けるタイプです。

楊谷寺季節限定御朱印
こちらが季節限定のもみじの押し花御朱印。書き置きの形です。御朱印を集め始めて初めての限定御朱印です♪
ただ……サイズがちょっと大きく、御朱印帳からはみ出してしまいました。やむを得ずクリアフォルダに保存しています。

御朱印は他にも種類があり、また毎月17日にはご縁日限定の御朱印もあるそうです。これはまたぜひお参りに来なければ。


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鹿児島県指宿市・龍宮神社

へろんです。
指宿フェニックスホテルを後にして、朝一番に向かったのは長崎鼻。
といっても長崎県ではありません。薩摩半島の最先端に突き出た岬です。岬のことを「鼻」ということもあるそうなので、長く先が伸びた鼻(岬)ぐらいの意味でしょうか。

長崎鼻より望む開聞岳
この地のポイントは、何といっても美しい海越しに見える開聞岳。「薩摩富士」とも呼ばれる、標高924メートルの火山です。

長崎鼻の先端付近
岬の先端は溶岩でできたごつごつとした黒い岩場になっています。紺碧の海も映えます。

薩摩長崎鼻灯台
岬の先端付近に建つ、薩摩長崎鼻灯台。風光明媚なこの地に相応しいものにしようと特別に設計され、1957年(昭和32年)に完成したそうです。残念ながら中を見学することはできませんが、美しい風景にマッチしています。

長崎鼻に自生するソテツ
このあたりのソテツは自生しているもので、日本における「自生の北限地」として1952年(昭和27年)に国指定特別天然記念物に指定されています。

龍宮神社鳥居
長崎鼻には古くから浦島太郎伝説があり、伝説発祥の地といわれているそうです。その長崎鼻に鎮座するのが「龍宮神社」。この龍宮神社は「古事記」「日本書紀」にも記載のある豊玉姫(乙姫様)を祀っており、家内安全、商売繁盛、航海安全、また縁結びや夫婦円満にご利益があるそうです。

龍宮神社拝殿
もともと石の祠があり、村人が木造の屋根を被せたりしていたものの、台風や老朽化で一時なくなっていましたが、2012年(平成24年)に再建されたそうです。
それにしてもこの時は観光客でいっぱいで、ツアーの時間も短かったため、ろくにお詣りすることができませんでした。
貝殻に願い事を書いてかめ壺に奉納するという貝殻祈願もあるそうですが、残念ながらそれもできず。

浦島太郎と亀の石像
龍宮神社から岬の先端に至る遊歩道の途中にある、浦島太郎と亀の石像。貝殻で埋もれかけています。
長崎鼻周辺の砂浜には、夏にはウミガメが産卵のために上陸するそうです。そのあたりも浦島太郎伝説発祥の地といわれる所以なのでしょうね。

浦島太郎像の説明
男性は左側から二回、女性は右側から二回まわって亀を撫でると願い事が叶うのだとか。

龍宮神社御朱印
龍宮神社の御朱印。社務所などは見当たらなかったのですが、神社の傍にある土産物屋「にしき屋本店」さんで頂けると分かり、ツアーの集合時間を気にしながら慌ててお願いしました。書いてくださったのは店員さん?なのか普段着のおじさんでしたが(^^;)

長崎鼻の土産物屋に並ぶウミガメの剥製
別の土産物屋さんにはウミガメの剥製がいっぱい。浦島太郎伝説の地としてはちょっとブラック?

長崎鼻の土産物屋にあった面白看板
さらに別の土産物屋さんにはこんな看板が(笑)。

あまりに人が多くていかにも観光地っぽくなってしまっているところが少々残念な気もしましたが、絶景は素晴らしく、後ろ髪をひかれる思いでこの地を後にしました。近くには動植物園「長崎鼻パーキングガーデン」もあるそうで、できればいつかそこも含めて再訪したいものです。


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鹿児島県鹿児島市・照國神社

へろんです。
照國神社は鹿児島市や桜島を一望できる城山の麓に位置し、鹿児島県下で最も多い参拝者を誇る神社とのこと。ツアー自由時間の集合場所がたまたまこの照國神社前だったので、お詣りすることができました。

島津家28代当主で幕末の名君の一人、島津斉彬公(1809~1858)を御祭神とする神社で、1863年(文久3年)、朝廷より照國大明神の神号が授けられ一社を創建、翌1864年(元治元年)に社殿竣工、照國神社と称したそうです。

照國神社の大鳥居
立派な大鳥居。高さは19.8m。
いろいろなホームページやブログを見ると、「1928年(昭和3年)の御大典を記念して1929年(昭和4年)に建てられたもの」という記述と「1941年(昭和16年)に皇紀2600年(1940年;昭和15年)を記念して建てられたもの」という記述があります。どちらなんでしょうね?

照國神社の手水舎


照國神社の「斉鶴」


照國神社の「斉鶴」
独特な形をしたこのイヌマキの樹は、脇の碑によれば、1962年(昭和37年)照國神社の氏子の方が奉納した献木だそうです。一般県民からの公募で「斉鶴」と命名されました。斉鶴とは「御祭神斉彬公の斉にあやかり、また神域にふさわしく斉しく均衡のとれた鶴の形状を意味したもの」だそうです。1974年(昭和49年)に保存樹に指定、樹齢は約180年。

照國神社の神門
神門もどっしりとした感じです。

照國神社の拝殿
拝殿。島津家の家紋である「丸に十文字」があちこちに見られます。
1877年(明治10年)西南の役で焼失、その後再建されるも、1945年(昭和20年)にも戦災で焼失しているそうです。

照國神社の御朱印授与所


照國神社の御朱印
頂いた御朱印。
御朱印を集め始めてから初めての、九州の御朱印です(^^)


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