和歌山旅行2018 湯の峰温泉

しろです。
和歌山旅行の宿泊は湯の峰温泉の「湯の谷荘」です。

湯の峰温泉「湯の谷荘」


湯の谷荘入り口
こちらは正面玄関です。花とタヌキがよく似合っていました。タヌキの下には英語の表記もあります。よく似た民宿が複数軒あり、昔ながらの温泉街の風情があり結構にぎわっていました。

八咫烏だるま
熊野大社のマスコット(?)八咫烏をモチーフにした「八咫烏だるま」が出迎えてくれました。丸っとして可愛いんですよね。

湯の谷荘の豪華な夕食
晩御飯の料理はとっても豪華。写真は二人分です。野菜がたくさんで、味付けもごま、チーズ、など種類ごとに変えてくれていました。肉・魚もあり、お腹いっぱい。

湯の峰温泉の風景
湯の峰温泉の風景。「小栗判官蘇生の地」というのぼりが立っています。
伝説によると、「毒殺された小栗判官が閻魔大王の手で餓鬼の姿で現世に戻り、湯の峰温泉で湯治すると元の人間の姿に蘇生した」のだそうです。

湯の峰温泉の「つぼ湯」
日によって七回も湯の色が変化するといわれている、世界遺産の岩風呂「つぼ湯」。一度に入れる人数は最大でも2人程度だそうで、この時も順番を待つ人が並んでいました。

湯の峰温泉の「湯筒」
川沿いにある四角いものは「湯筒」で、90度もの熱湯が湧き出ているそうです。

湯の峰温泉の「湯筒」
注意書にも「この湯筒は約九〇度以上の高温ですので、特に子供を連れておられる方はご利用の際充分注意してください」とあります。確かに90℃は危険です。

湯の峰温泉の「湯筒」
この時も卵だか野菜だかを吊るして茹でていました。卵や野菜はみやげ物店で購入することができるそうです。

湯の谷荘の朝食
朝食です。こんなに豪華だと1日いいことがあるような気がしますね。
この後は温泉からすぐの熊野本宮大社へお詣りです。

和歌山県田辺市・東光寺

へろんです。
和歌山旅行のこの日の宿は熊野本宮近くの湯の峰温泉にしましたが、この中にある東光寺というお寺でも御朱印が頂けるとありましたので、温泉の共同駐車場に車を止めて、お寺へ向かうことにしました。
しかし正月三が日で共同駐車場も待ちの列ができる大混雑。そうこうしているうちに迫る5時。御朱印が何時までならOKかまでは分かりませんでしたが、ほとんどの場合は遅くとも5時までというところが多いようです。やっと車を止めたのが16時45分。そこで猛ダッシュでお寺を目指しました。

湯の峰温泉東光寺


東光寺本堂
慌てて駆け上がり、とりあえずお参りして、すぐ右の寺務所に目をやります。

東光寺寺務所
誰もいない……呼び鈴があり、「御用の方は柱のベルを一回押して少しお待ちください」とあります。呼び鈴のすぐ上には「Push the bell」と英語まで描いてあるところを見ると、外国人の方もよく来るのでしょうか。時間はほぼ5時、ダメもとで呼び鈴を押してみると、少ししてお寺の方が出てきてくださり、御朱印をお願いすることが出来たのでした。

東光寺御朱印
頂いた御朱印。中央の字は何と書いてあるのか読めません(^^;)。後からネットで東光寺の御朱印をざっと見てみると、比較的読みやすい字で「湯胸薬師」と書かれているバージョンもあることが分かりました。なるほど改めてみると何となく分かる気がします。

湯の峰温泉は開湯1800年、日本最古の温泉とも言われているそうです。
伝承によると、温泉の源泉の周囲に湯の花(温泉の不溶性成分が析出・沈殿したもの)が自然に積って薬師如来の形となり、これをご本尊として東光寺が創建されたといいます。古くはご本尊の胸から温泉が噴出していたため、御朱印にもある「湯胸薬師」と呼ばれたようです。そして温泉も「湯の胸温泉」と呼ばれていたものが訛って、現在の「湯の峰温泉」となったのだとか。

東光寺から少し奥に入ると、温泉の公衆浴場がありました。宿にも温泉があるのでここには入りませんでしたが、ふと入り口付近を見ると、目に留まったのが「国指定天然記念物 ユノミネシダ自生地」という説明版。

ユノミネシダ説明板
おお、こんな見所があったとは、湯の峰温泉を調べていても気づきませんでした。1887年にこの地で発見されたことからユノミネシダ Histiopteris incisa と名付けられ、しかもこのあたりが分布の北限にあたり、1920年に天然記念物に指定されたそうです。

湯の峰温泉案内図


案内図拡大版

温泉の案内板を見ると、自生地は公衆浴場から近いらしい。そこで公衆浴場の受付にいた方に「ユノミネシダはどこで見られますか?」と訊いてみると、「この裏ですよ。でも今の季節は枯れてると思いますよ」とのこと。それでもすぐそこなら、自生地だけでも見ておこう、と浴場裏手の山の斜面を見てみました。

ユノミネシダ・・・?
うーん、どれがユノミネシダだろう? 枯れてるということは、茶色くなってるやつかな? それとも青く繁ってるのかな? よく分からないのでどちらも入る写真を数枚撮影。後で調べてみても今一つはっきりしませんでしたが、枯れたシダの下や右側で青く繁っているシダが近いような気がします。


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和歌山県和歌山市・淡嶋神社

へろんです。
刺田比古神社のお詣りの後、和歌山の中心街を後にして、加太にある淡嶋神社へと向かいました。
医薬の神様である少彦名命(すくなひこなのみこと)が御祭神ということで行きたくなったのですが、あらかじめ調べてみると、実は奉納された無数の人形が並ぶ、人形供養の神社として有名なところでした。
そういえば……昔TVなどで、神社に所狭しと人形が並んでおり、中には髪の毛が伸びる人形もある、と見た記憶が……。ど、どんなところだろう、とちょっとおっかなびっくりでお詣りしてきました。

淡嶋神社鳥居
赤い鳥居が青空に映えます。

淡嶋神社手水舎
手水舎も赤。

手水舎のカエルの像
手水舎の水はカエルの口から出ています。

淡嶋神社拝殿
拝殿も赤。そして左右にはお人形が。

拝殿に並ぶ人形


淡嶋神社に並ぶ十二支の人形
どうやらこの動物たちは十二支で並んでいるようです。

淡嶋神社のゾウの置物
なんとゾウの置物も。

淡嶋神社のクマの置物
その隣にはクマがいます。そういえば昔うちにも北海道土産のクマがいたっけ……と懐かしく思い出しました。

淡嶋神社のタヌキの置物
こちらはタヌキのコーナー。よく見るといろんな顔があります。

淡嶋神社の招き猫
招き猫もびっしりと。これほど集まるとすごい福を招いてくれそうな。

淡嶋神社御朱印
頂いた御朱印。ひな祭り発祥の地として有名なこともあり、お雛様の姿が押されているんでしょうね。

ほんとにいっぱいのお人形や動物たちが並んでいる様は圧巻でした。でも一部で心霊スポットなどと言われることもあるようですが、意外と明るく良い雰囲気に感じました。
淡嶋神社のQ&Aのページを見ると、昔TVで見た髪が伸びる人形、というのは何と「本当にあります」! 「人形は見てもらったり遊んでもらったりするために生まれてきたものです。そのため、人に注目を集めるために何らかの怪奇的なことを起こすことがあります。悪いことを起こす人形はまずありません」とのことです。

人形もですが、いろんな動物の置物の姿を見ていると、今自宅にいるたくさんの動物たち(主にフクロウ)のことを思ってちょっと複雑な気持ちになりました。というのも、将来自分が死んだら、この動物たちはどうなるんだろう、と時々心配になるんですよ……。


参道で売られていた貝
参道の売店では「おく貝」という貝を売っていました。おそらくウチムラサキ Saxidomus purpurata だと思われます。

売店の焼き貝
お店ではおばあさんがサザエやおく貝を焼いていました。なかなか美味しそうでしたが、今回は見送ってしまいましたので、次の機会にはぜひ食べてみたいものです。


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和歌山県和歌山市・刺田比古神社

へろんです。
2018年の正月休みは、昨年と同様二人で和歌山県へ行ってまいりました。
和歌山市の神社を調べていて見つけたのが、刺田比古神社(さすたひこじんじゃ)。和歌山城の南に鎮座し、八代将軍にまで登り詰めた徳川吉宗公ゆかりの神社で、出世開運のご利益があるとのことで、これはぜひ、とお詣りしてきました。

刺田比古神社鳥居
由緒自体は、数々の兵乱により古文書等を焼失しており不明な部分が多いものの、927年(延長5年)成立の延喜式神名帳にはすでに記載があるそうです。

刺田比古神社神馬像
鳥居をくぐってまもなく右側に現れる、神馬像。徳川吉宗公が八代将軍に就任する際、黄金装飾の太刀と幼少からの愛馬を寄進。この白馬が天寿を全うした時、神主がその面影を木像に刻んだそうです。戦災で社殿や宝物を失った時もこの神馬だけは焼失せず残ったのだとか。今の像は1996年(平成8年)に修復されたものだそうです。徳川吉宗公の白馬といえば……往年の時代劇「暴れん坊将軍」も白馬に乗ってましたよね?(^^;)

刺田比古神社手水舎


刺田比古神社戌年大絵馬
戌年の大絵馬。親子で可愛いです。

刺田比古神社拝殿
落ち着いた感じの拝殿でした。

刺田比古神社御朱印
頂いた御朱印。「迎春」の文字が嬉しいですね。

弁財天社御朱印
近くの岡公園にある弁財天社の御朱印も頂けるとのことで、こちらも頂きました。

徳川吉宗公の書
御朱印を頂いた後、神職の方と少しばかりお話をさせて頂きましたが、その時に教えて頂いたのが社務所の壁に掲げられた書。なんと徳川吉宗公の書だそうです。

「元気の矢」と鉛筆
御朱印と一緒に「なおく正しくすこやかに 刺田比古神社(岡の宮)」と記された鉛筆を頂きました。鉛筆は削っていって使うものなので使うのはちょっと躊躇しますが、受験生などには良いかもしれませんね。また、妻が気に入った「元気の矢」という御守も頂くことに。ちなみに妻が引いたおみくじは「中吉」でした。

住宅街の中にあってすごく賑わっているという感じではありませんでしたが、落ち着いた雰囲気が漂っていました。一方で2017年夏にはコスプレイベントも開催されていたようで、新しいものにも積極的なようですね。


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謹賀新年 - 小松左京の描いた2018年

皆さま、あけましておめでとうございます。へろんです。本年もどうぞよろしくお願いいたします m(_ _)m

2018年! 21世紀に入ってからもう18年目です。私たちが小さい頃、21世紀といえばとんでもなく未来のことで、その頃の世の中はもっともっと進んでいるものと思っていましたが、現実の2018年はまだまだそんなに世の中変わってない気がしますね(もちろん変わったところもいっぱいあるのですが……)。

さて、2018年といえば思い出すSFに、小松左京(1931~2011)の「果しなき流れの果に」があります。

角川文庫版「果てしなき流れの果に」表紙

小松左京は星新一、筒井康隆と共に「御三家」と呼ばれる、日本SF界を代表するSF作家で、私にとってすべてのジャンルの中でも一番好きな作家です。そもそも私がSF好きなのも小松左京の影響が非常に大きく、理系に進んだきっかけの一つでもありました。
小松左京の数多くの作品の中でも特に好きなのが、この「果しなき流れの果に」。この作品は小松左京の最高傑作とも言われ、2001年の日本SF作家クラブ会員によるアンケートでは「オールタイム・オールジャンル・ベスト」国内作品1位、最近でも2014年の「SFマガジン」700号「オールタイム・ベストSF」国内長編2位と、日本SFの最高峰の一つとして強く支持されています。

概要や内容は長くなるのでWikipedia等にゆずるとして、この作品が描かれたのは1965年と実に半世紀以上前であるにも関わらず、今読んでもまったく古さを感じさせない、携帯電話がないことぐらいを除けば現代を舞台に描かれていると言ってもほとんど違和感がないことに驚かされます。

この中で、一人の女性が少しずつ年をとりながらも、作中の現在(つまり1965年頃)から半世紀にわたって大阪南部の変化を見つめ続ける場面があります。
彼女の見つめる世界では、テレビの世界中継が当たり前となり、アメリカへ3時間半で行けるジェット機が就航し、八尾空港が拡張されて第二大阪空港となり、葛城と生駒を結ぶハイウェイが開通し、多奈川に原子力発電所が建設され、モノレールやエアカー専用ハイウェイができ、国道26号線が10車線に拡張されてアメリカのホバークラフトが走り、広域行政で「近畿州」が誕生し、第二次市町村統合で南大阪市という大都会が誕生し、日本が月へ探検隊を送り……
そうした変遷を見ながら息を引き取るのですが、その年が2018年

関西空港は恐らくまだ計画もなく、原発事故もまだ起こっていなかったため八尾空港拡張や原発建設があるのでしょうが、それを抜きにしても、今から先の未来を描いたとしても、ほとんど違和感がありません。

この後、作中では主人公たちが恐竜時代から未来は45世紀まで、広大な時空間を駆け巡り、ついにはこの宇宙の進化を外側から垣間見るというクライマックスを迎えます。この場面、世界でも最もスケールの大きな作品の一つだと思います。

今年、2018年の50年後は2068年。いったいどんな世の中になっているのでしょうか。小松左京が1965年に生き生きと2018年までを描き出したように、2068年までの世の中を我々は思い描くことができるでしょうか。
せめて、2068年まで世界が平和で穏やかであり続けてくれますように、現在蓄積している環境問題や国際問題が少しでも好転してくれるよう、祈りたいものです。

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